カテゴリ:映画俳優( 28 )

古き良き仏映画のいい男たち

a0002405_12745.jpg 日曜日、BSで「映画ほど!ステキなものはない」という番組を初めて観ました。

 仏映画を代表する”男優の魅力と男の色気”についてあれやこれや探っていたの。
その仏映画を代表する男優として、アラン・ドロン、ジャン・ギャバン、ジェラール・フィリップの三人を挙げていたわ。

 街頭での人気投票もあり、巣鴨のおばちゃま、おばあちゃまに人気だったのはやはり”ドロン”、続いてジェラール、ギャバンの順。そして、原宿のギャルの選んだいい男は、ジェラール、ドロン、ギャバンの順でした!

 ジェラールのまなざしや整った顔立ちがやはり人気が高かったようで、現代の若者をもひきつける彼の魅力はやはり永遠なのね~とちょっと”にやり”としてしまったわ。
また、ヴァンサン・ペレーズで「花咲ける騎士道」のリメイク版の上映も予定されているそうなので、今後もジェラールの人気は高まりそうな予感だわ!

 私がこの三人のいい男ランキングをするならば、やはり一番はジェラール・フィリップね、一番多く作品を観ているのも理由のひとつだけれど。
その次はジャン・ギャバン(口元が魅力的、歳を重ねるごとによりセクシーだわ)、そしてアラン・ドロン(二十代のころの彼は本当に美しい!)の順かしら。

 これから、もっと沢山の作品を観ていくうちにきっと印象も変わることでしょうね。
それにしても、若い頃のアラン・ドロンをみてこれまた若い頃の加藤茶さんに似ていると思ってしまったのは私だけでしょうか!?(やっぱり違うかな・・・)

☆今週はBSでアラン・ドロン特集をやっていますよ。
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by suama | 2004-05-12 01:28 | 映画俳優

「オードリー・ヘプバーン物語」 その2

a0002405_2238.jpg 「オードリー・ヘプバーン物語」3・4話を観終わりました。

 オードリーがいよいよスターへの階段を上り、結婚、出産をし「ティファニーで朝食を」の撮影がクランク・アップされるところで物語りは締めくくられました。

 3話では、「麗しのサブリナ」で共演したウィリアム・ホールデンとの恋を描いていましたが、やはり束の間ではあったけれど、二人は恋に落ちていたのですね。でも、その恋の終わりが彼の子供を作ることの出来ない体(パイプカット)が理由だというのが私はちょっぴりショックだったかな、ビルのイメージが少し変わってしまいそうで(ごめん、ビル)。

 オードリーは幼い頃に父親が家を出てしまって、母親と二人で生活をしてきたので、家族の愛や、子供を生みこの腕に抱くことを非常に強く願っていたのね。
グレゴリー・ペックさんが彼女に親友のメル・ファーラーを紹介し、結婚したのもうなずけるわ。でも人気者ゆえ、新作の目白押しの中なかなか妊娠することすら間々ならず、しかも撮影で流産までしてしまい、精神的に辛かっただろうと女性の目から見るとそう思うの。

 彼女は決して多くの作品を残してはいないけれど、どれも型にはまる事のない素晴らしい役柄ね。この「オードリー・ヘプバーン物語」を観れば、作品や役柄との出会い、また決意などが描かれているので、ひとつひとつの作品に一層深みが増すことでしょうね!

 名声に溺れることなく、戦時中に手を差し伸べてくれた人々への感謝をユニセフ親善大使として、今度は世界の子供たち(昔の自分の姿に重ね合わせ)に大きな愛として捧げた彼女の姿は、映画と共にいつまでもみなさんの心に刻み続けることでしょうね。
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by suama | 2004-04-30 02:24 | 映画俳優

「オードリー・ヘプバーン物語」 その1

a0002405_1438.jpg 今日は「オードリー・ヘプバーン物語」第2話を観ました。

 民放では随分前に放送されて、今ケーブルTVでは(全4話)時々放送しているようです。物語は、オードリーが「ティファニーで朝食を」の撮影中に自分の今迄の人生を回想していくお話です。

 彼女の人生の大まかなところは、ファンの方なら本などで読んで知っていると思うの。でも、彼女の送ってきた人生を映像として改めて観てみると、今の自分の当たり前の毎日に感謝することが多いことに気づかされたわ。

 彼女はよく、アンネ・フランクの様だった…と言われるけれど、戦争に巻き込まれたひとりの少女であり、そしてナチスの犠牲者であったこともよく分かったわ(少女期を演じた子役の女の子が素晴らしかったわ)。その頃の描写を観ると、彼女には計り知れないほどの心の傷になっていたと思うの。

 戦後バレリーナを夢見ていたけれど、図らずも挫折し、少しずつショービジネスへと足を踏み入れていくときに、下積み生活を共にしたのが女優のケイ・ケンドール(1927-59)だったのね。この頃はオードリーと一緒にオーディションを受けたり、泣いたり笑ったり励ましあって夢を見ていた様ね。ケイはオードリーより2歳上で、英国生まれ、ハリウッドに招かれてから1957年オードリーと「マイ・フェア・レディ」で共演したレックス・ハリソンと結婚したけれど2年後に彼女は白血病に倒れ32歳で他界してしまったの。

 きっと、オードリーはヒギンズ教授役のレックス・ハリソンに若かった頃のケイとの青春の懐かしき日々を聞かせてあげたのかしら…と思うと、これもまた私の中で”オードリー・ヘプバーン物語”ができそうだわ。
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by suama | 2004-04-28 01:44 | 映画俳優

「いつまでも、そのままで」 ヴィヴィアン・リー

a0002405_1431.jpg ヴィヴィアン・リーはスカーレット・オハラになるべくして生まれてきた女優。誰もがその美貌と力強くスクリーンに咲いた彼女の演技にそう感じたことでしょう。私は子供の頃、「愛情は深い海の如く」(1955年)の古いパンフレッットの表紙に描かれた女優に、淋しさと悲しみを感じていたの。当時はその女優があのヴィヴィアン・リーとも知らずに。

 1913.11.5、イギリス人の父とインド人の母の間に生まれ、裕福な家庭でしたが、家族の温かさには恵まれていなかったようです。後にサーの称号を持つ俳優、ローレンス・オリビエと大恋愛の末結婚、そして離婚。彼女の晩年は、若い頃からの肺の病(結核)と、精神の病であの細い身体はズタズタだったそうです。しかしひとたび演技に打ち込むとスカーレットの様に気丈だったともいいます。そして、1967.7.8、彼女は病との闘いに倒れ、53歳の若さでこの世を去りました。

 私はその人生を知らなかった頃、肺結核が原因で亡くなった女優を ”何てはかなく散った女性なのだろう” と感じていたの。ひとり淋しく旅立ったのだと思いながら・・・。

 彼女の作品は、「風と共に去りぬ」(1939)、「哀愁」(1940)、「美女ありき」(1941)、「欲望という名の電車」(1951)の4作品しか観ていないの。「欲望という名の電車」を観てから、あのパンフの彼女を思い出し、歳を重ねていった彼女を観る事が出来なかったから。女性って悲しいかな、老いて行く姿はスクリーンで輝いていた若き頃の姿とどうしても比べられてしまうでしょ。でもそれは健康であればいいの。彼女はあまりにも痛々しく映ってしまうわ。

 私のおすすめは「哀愁」のマイラ役。悲劇だけれど、いつまでも純粋無垢な心を持ち続けた彼女が好き。そして変わることのない美しさと生きる力強さを見せてくれたスカーレットのヴィヴィアンをいつまでも心に焼き付けていたいわ。
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by suama | 2004-04-15 01:05 | 映画俳優

「そばかす天使」 ドリス・デイ

a0002405_04755.jpg ドリス・デイのあの愛くるしい笑顔と、ときどきしゃがれるハスキーボイスが私のお気に入り!私は風邪で声が出なくなると、治りかけの頃必ず彼女のうたをうたってみるの。

 昨年、彼女主演の3枚組のDVDが発売となり(海外で発売された日本版)やっと彼女のコレクションが増える!!と大喜びで購入。
ドリス・デイ、ロック・ハドソン、そしてこの3作品には(続き物ではないのに)必ず、トニー・ランドールが共演しているの。欠かせないのね、彼のキャラクターが!
1959年「夜を楽しく」、1962年「恋人よ帰れ」、1964年「花は贈らないで!」 最後の作品は今回DVDで初めて観たの。どの作品も、時間に追われることのないのんびりムードあふれる、50~60年代のポップな色彩あふれるコメディ。今の時代とは違うこの平和ムードがやっぱり私は落ち着くのね。

 彼女は生涯独身で通しているイメージがあったのだけれど、「夜を楽しく」のジャン・モローや「恋人よ帰れ」のキャロル・テンプルトンのキャリアウーマン役の印象が強く残っていたからかしら。(実生活は4度離婚、動物に愛情を注ぎ、現在カーメルに” Doris Day Animal League”を設立されているそうです。)

 そういえば、何年か前に「徹子の部屋」にペギー葉山さんがゲスト出演していて、

   「最近、ドリス・デイどうしているかしら?お会いしたいわ」 とペギーさん。
   「じゃ、ドリス・デイに会いに行く番組の企画を提案してみたら?」 と徹子さん。
   「そうね、そうしてみようかしら」 とペギーさん。(かなり乗り気のご様子)

このトークを聞いた時TVのむこうで「ぜひ!!」と願っていた私なのでした。でも、会いたい人の番組企画提案なんて羨ましいわ・・・いいなあ。

 先日4月3日、ドリスは80歳のお誕生日を迎えました。
 「Happy Birthday doris!!」
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by suama | 2004-04-13 00:48 | 映画俳優

「初めてのファンレター」 クリント・イーストウッド

 私が初めて外国の映画俳優に心を奪われてしまった人、それはクリント・イーストウッドでした。それ以前の私は、近くにいる男の子の方が良かったみたいで・・・。その後女子校にすすんでしまったのが”おじ様好き人生”の始まりだったのかしら。
イーストウッドはTVで放送していた「ガントレット」を観て好きになってしまったの。今観ると「ずいぶん濃い人を好きになったのねー」。あの頃の自分の好みと今はずいぶん違うみたい。

 彼が一時期、カーメルの市長を務めていた頃、映画雑誌には”クリント・イーストウッドからのサインが届いた”という写真入記事が目白押しで、「私も出したら来るのかしら?」と初めてファンレターというものを出してみたの。そして数ヵ月後、私の手元にも本当に届いたの。「ペイルライダー」の白黒のポートレイトにClint Eastwoodの文字。当然彼本人が書いたものではないことはわかっていたけれど、遠いアメリカから海を渡って鎌倉の田舎に届いたなんて、もうドキドキ、毎日眺めていたわ!

 その後、メル・ギブソン、ミシェル・ファイファーにも調子にのってファンレターを出したけれど、メルのファンクラブからポートレイトが届いただけで、サインはイーストウッドだけだったわ。現在70歳半ばの彼は、私が夢中になったあの頃より渋みも増して、ずっと柔らかな男性を演じるようになり、ますます今後が楽しみ!!

 今はファンレターなんて古臭いかもしれないけれど、憧れの海の向こうがちょっぴり遠かった頃の、私の懐かしい思い出です。
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by suama | 2004-04-12 01:31 | 映画俳優

「英国人でしょ?ニシモトさん」 リチャード・ヘイドン

a0002405_13853.jpg 海外のTVや映画に出てくるちょっとずれた描き方をしている日本人の事を私は「間違った日本人」とよんでいるの。(その表現のほうがずれているかも!) 最近は海外との距離が近くなって日本人というものがきちんと描かれつつあるし、日本の役者さんも活躍しているわ。

 私が過去に観た「間違った日本人」No.1は大好きな「奥さまは魔女」の136話(ウェルカム)の回に登場した、リチャード・ヘイドン(1905‐1985)。初めて彼を観たのはその回のvideoを流して、うつらうつらしていた時。「私の目が変なのかしら・・・日本人よね!?」と目を凝らして観たけれど、「日本人はどこ?」。だって何度観ても外国の紳士なんですもの。英国生まれの方なので、話し方も英国なまりがあると思うの。役名は英語でミシモトさん?(と聞こえるけれど)、吹替えではニシモトさん。

 後に、彼が「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)で、クリストファー・プラマー演じるトラップ大佐の友人役マックスとして出演していたことがわかったけれど、その時は彼だと全く気が付かなかったわ。

 サミュエル・ゴールドウィンMovie「教授と美女」(1941)にも出演。私はこの映画が大好きで何回も観ているのに、この映画でも彼と”間違った日本人さん”が一致しなかったの。「教授と美女」については後日綴るとして。彼はゲーリー・クーパー演じるポッツ教授と一緒に仕事をしている7人の教授のひとり、植物学者のオッドリー教授役。ゲーリー・クーパーよりも若いのに初老の役、とても30歳半ば過ぎには見えなかったわ。他の教授役のヘンリー・トラバースなどとすんなり溶け込んでいるんですもの。鼻にかかった声で、もじもじしている植物をこよなく愛するオッドリー教授、可愛いですよ。
ぜひ、3作品を比べてみて彼の名脇役ぶりを堪能して下さいね。

 他にも彼の出演作品でおもしろいお話があればもっと知りたいわ。
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by suama | 2004-04-08 01:39 | 映画俳優

憧れの人を自分の名前にしてみました

a0002405_1010.jpg 日本の芸能界で活躍されている人の中には、外国の役者さんなどから名前をもらって芸名にされている人がいますね。

 子供の頃、父が「この人は実は医者になりたかったんだぞ。」といつも言っていた方が、漫談家のケーシー高峰さん。文字通り(格好も!)ケーシー型白衣を着て、「ベン・ケーシー」(米1961-65)から名前もいただいたそうです。それを知ってから私は、”ベン・ケーシー高峰”さんと呼んでいましたが、大人になった今、もう一度医学漫談を聞いてみたいですね。

 ガチョーンの谷啓さんは、私の大好きなダニー・ケイから由来する芸名(皆様ご存知)。トロンボーンを演奏する谷さんはすごくステキです。子供好きでよく子供を呼んでバーベキューをされるそうですよ。(友人の息子さんの親友に、谷さんの甥っ子の息子さんがいるので、今度ダニー・ケイの名をもらった話を聞いていただきたいなー。)

 岡田眞澄さんは”ファンファン”の愛称。仏の俳優ジェラール・フィリップの「花咲ける騎士道」(原題 ファンファン・ラ・チューリップ)のジェラールの役名 ”ファンファン” から由来するもの。岡田さんは、1953年の仏映画祭でジェラールとの素敵な秘話があるとか。うらやましいですね、憧れの方との思い出があるなんて。その思い出は、彼自身の誇れる宝だと語っています。

 ジェラール・フィリップの映画にまつわる私だけのなつかしい思いも後日綴りたいと思います。
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by suama | 2004-04-05 01:01 | 映画俳優