「ほっ」と。キャンペーン

車音痴の私でも  「STARS AND CARS OF THE '50s」

a0002405_20392052.jpg20数年前免許は取得したものの、鎌倉の休日は車での外出は難しく…いつのまにかペーパードライバーになってしまった私。
それに、車にはあまり興味がない…。
でも、50年代には私を魅了する沢山の車たちをスクリーンで観る事が出来ます。
美しい曲線と輝きに満ちた車の数々が一冊になった本、
「STARS AND CARS OF THE '50s」。
とてもとても重くて大きな写真集…。
表紙は写真のグレース・ケリー(1929~82)、1955年カンヌにて。
車は現在はなくなってしまったアメリカ、スチュードベイカー社の 
"1955 Studebaker Commander" 。

a0002405_20405520.jpgこの写真集のカメラマン、Edward Quinn(1920~97)、名前は知らなくても彼の作品はきっとどこかで目にしていると思います。
そんな彼のセレブリティーと愛車を撮り続けた200数十ページにもおよぶ作品集です。

お気に入りの相棒とポーズをとるひともいれば、プライベートな空間で素顔を覗かせる飾らない姿も。50年代前後のこの頃の車たちはゴージャスで華やかさを持った芸術品の様に私には映ります。
乗り心地…なんてわかりませんが、この頃に存在した車たちを身近に感じていた人たちを羨ましくも憎らしくも感じてしまいます。
現代では女性の様な曲線を持ったフォルムの車を見かけませんね。
車事情など何もわからない私ですが、ただただ残念に感じるばかり…。
一度でいいから、こんなボディに触れてみたいものです。

a0002405_2047366.jpg1957年カンヌでのビル・ホールデン(1918~81) と愛車、"1938 Bugatti type 57C" 。
彼の後ろにも左から、Studebaker、2台のCadillac… 美術館の展示品の様に並んでいる車たちが印象的。
ホイール周りの白の美しさ、タイヤひとつでも十分魅了されてしまいます。

このモノクロ写真の世界に色をつけてみるとしたら、どんな車になるのかしら?
写真の中のセレブリティーの "自慢げな" 声が聞こえてきそうです。
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# by suama | 2011-02-15 20:55 | ノスタルジック

家族は素晴らしい  「There's No Business Like Show Business」

先日夜中睡魔と闘いながら、久々に 「ショウほど素敵な商売はない」(1954米) を観ました。

時は1919年、ヴォードヴィル華やかなりし頃のアメリカ、、妻モリーと夫テレンス・ドナヒュー夫妻は売れっ子の一座だった。
やがて家族は増え、長男スティーブ、長女ケイティ、そして次男ティモシー(ティム) は成長し、それぞれの持ち味を生かした一座 "ファイブ・ドナヒュー" となる。
ある日、次男ティムはナイトクラブで歌手を目指す ヴィクトリア(ヴィッキー) に出会う。
ティムは好意を抱くもヴィッキーは売れっ子にはちっともなびかずつれないそぶり…。
そして、ドナヒュー一座はフロリダ公演へ。
そこでティムとヴィッキーは再会し、二人の距離は深まっていくのだが…。

アーヴィング・バーリン(1888~1989) 作詞・作曲のブロードウェイ・ミュージカル 「アニーよ銃をとれ」(1946) で 「ショウほど」 の曲は有名となり、同名のこの作品は、彼のお馴染みのナンバーがちりばめられ、子供たちの成長、家族愛が描かれた、涙あり・笑いありの心あたまるストーリーになっています。

a0002405_18464647.jpgいつの時代にもやんちゃ坊主の末っ子がいて、でも憎めなくて…。 そのやんちゃ坊主ティムを演じたドナルド・オコナー、彼もまたドナヒュー一家の様にヴォードヴィル一家の末っ子として育ちました。
アクロバティックな彼のダンスはティーンの頃から徐々に磨きがかかりましたが、舞台に立つ "魅せる" 演技は天性のものなのでしょうね。小柄な体格を感じさせないダイナミックな彼のダンスは我が息子と私のお気に入りでもあります。

ブロードウェイ女優としても有名なエセル・マーマン(1908~84) は、逞しく家族を支える肝っ玉母さん役を演じています。オコナーと彼女は 「Call Me Madam」(1953 未) でも共演。当時オコナーは彼女の声量に度肝を抜かれた様で、本作品でもその迫力は健在です。

長男役のジョニー・レイ(1927~90) は当時人気の歌手。
スティーブの決意には驚きました。
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長女役のミッチー・ゲイナー(1931~) は 「南太平洋」(1958)、オコナーと恋人役で共演した 「夜は夜もすがら」(1956) で日本でも有名です。
そのキュートな甘ーい魅力で当時、息子の大好きな林家木久扇師匠(1937~) をも魅了! していたそうです。

父親役のダン・デイリー(1913~78)、彼は 「いつも上天気」(1955) などに出演。
1944年17歳でオコナーと結婚した妻のグエン・カーターはオコナーと当時離婚の危機にありました。そして撮影時グエンとダンが付き合い始め、撮影終了後オコナーとグエンは離婚。
その後ダンと結婚した…というエピソードがあったそうです。
ティムが交通事故を起こし、父親と口げんかをするシーンでのものすごいビンタ!を観たとき、そんな実生活の出来事とオーバーラップしてしまい…複雑な感じがしました。

ヴィッキー役でマリリン・モンロー(1926~62) の代表作となるほど、ドナヒュー一家とひと味違う魅惑的なダンスと歌で華やかさを見せた彼女。
撮影中、マリリンは遅刻癖で皆を困惑させましたが、作品での姿はその後長くない彼女の人生が信じられないほど生き生きとしていて、彼女のコミカルな可愛らしさが溢れています。
特に、ティムがヴィッキーにハネムーンを切り出したときの2人の顔はなんとも言えず可愛い!
初めてのキスシーンも何だか胸がキュンとしてちょっぴり焼けてしまいます!

また、当時無名のダンサー、ジョージ・チャキリス(1934~) がダンスシーンで多く登場しています。「ホワイト・クリスマス」(1954)、「紳士は金髪がお好き」(1953) 同様、スターの片鱗を感じます。

ショーの華やかさを感じられるバーリンの作品。
「Alexander's Ragtime Band」 のアレンジなどは何度聴いても楽しくて仕方ありません。
息子は、「A Man Chases a Girl」 がお気に入りの様!
噴水での 「ピンクの人」(噴水の像) とのダンスシーンを、何度もリクエストされます(笑)。
サントラでは、マリリンの歌声が契約上の都合で収録されていないのが残念ですが、彼女個人のCDで聴く事が出来ます。
どのナンバーも流石バーリン!と称えたくなるものばかりです。
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私は、何度観た作品でも出来る限り1度は劇場のスクリーンで観よう!! と決めているのですが、なぜかこの作品はリバイバルの出会いがありませんでした。
でも昨年から全国で上映されている 「午前十時の映画祭」 で秋に地元映画館で観られることになりました。今から息子と一緒に行こう!と約束しています。
当時のシネマスコープサイズの大画面で、艶やかな色彩に彩られたスター達の姿を存分に見せつけてもらいたいものです。とても楽しみです!!

いつもエンディングで
「どうして、メーケムラフのお兄さん、マリリンの手にチューしているの?」 と我が息子。
「君も大きくなったら、メーケムラフのお兄さんの気持ちがわかるよ!!」…。
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# by suama | 2011-02-12 22:12 | クラシックムービー

もう一度・・・  池部良

a0002405_16374857.jpg今日Bettyさまから、NHKBS2に池部良さまの追悼番組の告知が入ったと連絡をいただきました。

戦中戦後の日本映画黄金期を支えた数々の作品の中で、多くの女優さんと共演した良さま。
いまでは、戦争の爪あとが残る日本の姿を知るスターの方も少なくなりました。
今回の特集番組では、良さまと銀幕で共演し、彼の素顔を知る10人の女優さんが登場するそうです。昨年他界した、池内淳子さん(1933~2010) や、高峰秀子さん(1924~2010) もお元気でしたらお話しが聞けたのでしょう…。

3月28日(月)21時~ 「俳優・池部良 ~10人の女優による二枚目スタアと昭和~ 」
の放送で良さまにお会いできるのを楽しみにしています。

☆私のスチールより、a0002405_1639349.jpg
「早春」(1956) 岸恵子さん(1932~) 、
「33号車応答なし」(1955) 司葉子さん(1934~) と。
今回の放送で、お二人も登場されます。
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# by suama | 2011-02-02 16:20 | 池部良

芦田さんの太巻き寿司   芦田愛菜

先日子役だった Claude Jarman, Jr. を取り上げました。
いつの時代も、"顔" となる子役スターが世界中で活躍していますね。
昨年からもっとも注目を浴びている子役スターと言えば、女優の芦田愛菜ちゃん(2004~)でしょうか。

年末の帰省で、我が家のお隣の愛菜ちゃんのおばあさまに会った時、
「お正月愛菜ちゃんは帰って来ますか?大ファンなんです。」 と我が娘。
東京からの帰省…今年は年末から雪が多く、来られないのでは…と我が家でも話しながら、元旦の「笑点」 スペシャルにゲスト出演した愛菜ちゃんを観ていました。
翌日、遅い朝食の準備をしていると、「愛菜ちゃんが来てるよ~」 の声。
家族全員のんびりムードでいたのに、その声を聞いて9人皆玄関へ…!!
昨晩観ていた可愛らしい女の子を目の前にして皆ビックリ、大感激!
でもいちばん驚いていたのは愛菜ちゃんだったようです。(写真下)
おばあさまは 「Mちゃん(娘)の言葉に感激したのよ!」 と愛菜ちゃんと顔を見せに来てくれました。
子供達と一緒に写真を撮っているときの愛菜ちゃんの素顔はテレビよりずっと幼く、4人の子供が背くらべの様にして並び、可愛らしい写真が撮れました。
娘がリクエストした、愛菜ちゃんのサイン入り写真(デビュー前のもの) もいただき、楽しいひと時を過ごしました。
そのあと、おばあさまと手を繋いで私たちに "バイバイ" しながら目の前の地元のスーパーへ歩いて行きました。
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後日、おばあさまとの話を義母から聞きました。
お正月帰省するとすぐに愛菜ちゃんはおばあさまを鏡台へ連れて行き、
「髪の毛はこうやって逆立てるといいのよ!」 といいながら髪を整えたり、身だしなみをあれこれアドバイスしてくれたそうです。
2日の日、スーパーへ行った時は、2階にある新幹線がレールを走る乗り物に乗りに行ったとのこと。1回乗り終わると 「もう1回~」 とおねだりをして、6歳の幼稚園生の可愛らしい素顔が垣間見られたようです。

我が家では、愛菜ちゃんはお父さん似だと前から言っていたので、主人の古いアルバムを出してパパを確認。やはり芦田家のお顔、私はおばあさまと愛菜ちゃんの笑顔がとてもよく似ているように感じました。
現在の愛菜ちゃんのお父さんは当時の面影がうっすらで、3兄弟皆似てきたなあ…と義父が話していました。

結婚してから、"義母のおいなりさん" と "芦田さん家の太巻き" を食べることが私の帰省の楽しみのひとつ。
関西風のお寿司は、関東のものに比べあっさりしているようで、おいなりさんの色は揚げの色そのままで優しく、太巻きには高野豆腐が入っています。
どちらも、私の大好物です!

あさっては、"節分" 愛菜ちゃんのじいじばあばの太巻き食べたいなぁ~。

☆ 愛菜ちゃん、これからも頑張ってね、みんなで応援していま~す ☆
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# by suama | 2011-02-01 09:58 | 俳優・女優

かわいいJody  Claude Jarman, Jr.

木曜日、帰宅するとポストの中にエアメールの封筒が…。
中を開くと、そこには、Claude Jarman, Jr.(1934~) からのサイン入り写真が3枚入っていました。

a0002405_9585013.jpgClaude Jarman, Jr. 彼のデビュー作は私の永遠の憧れの男性 Gregory Peck(1916~2003) 、Jane Wyman(1917~2007) と親子の役で共演した、「仔鹿物語 The Yearling 」(1946米) が印象的でした。
その彼が今も元気でご健在…
といってもまだ76歳ですから、私の父と同世代。
嬉しさのあまり昨年5月、「仔鹿物語」 を初めて観たときの感動をそのまま手紙に認め、お送りしました。
デビューして、何作か映画に出演しています。
現在DVDで観られるのは、ジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン(1907~79) 主演の 「リオ・グランデの砦」(1951米) 、ランドルフ・スコット(1898~1987)主演の 「ネバタ決死隊」(1952米)、そして、 「ザッツ・エンターテイメント」(1974米) の中の、MGMのパーティーで食事をしているお抱えスター達の1人としてちらりと映る、その3本でしょうか。
その後、映画界を後にし、故郷のテネシー州ナッシュビルに戻り大学へ、3年の兵役生活も経験し、ハリウッドに帰ってきたのは59年でしたが、プロデューサーや監督業など、裏方で活躍をしたそうです。

a0002405_9595450.jpg3回の結婚で7人のお子様がいらっしゃるとのこと!
あのあどけない少年Jodyに7人も…。
そうか、父と同世代ですものね、それにしてもギャップがあり過ぎます、12歳から70歳代へいきなり飛びましたから!!
ネットで、2009年75歳の頃のジャーマンさんを見ることが出来ます。2番目の結婚時生まれた娘のヴァネッサさんや現在の奥さまもご一緒です。

小さな12歳のJodyが、今はPeckさんと同じ190センチを越す立派な男性に…。でも、彼の瞳は12歳の頃と変わらず、優しく輝いていました。
いつまでも、いつまでもお元気でいて下さいね。
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# by suama | 2011-01-22 22:57 | 映画俳優

ちは~  御用聞き

鎌倉で暮らしていた頃の思い出の中で、特に忘れられないのは、"御用聞き" の存在。

池部良、久慈あさみ(1922~96) 主演の 「恋人」(1951 新東宝) の冒頭で、伊藤雄之助(1919~80) が洗濯屋(今のクリーニング屋) として勝手口に登場するシーンや、
アニメ「サザエさん」の "三河屋の さぶちゃん こと三郎さん" などを観ていると、
思い出の "御用聞き" の姿が蘇ります。
(初代配達青年だった "三平さん" は1985(昭和60)年3月31日の放送で、結婚のため実家のある故郷山形へ帰って行きましたね。)

我が家では、お米屋と "三河屋" ではなく "きのくにや"さん を利用していました。
もうひとつ、"御用聞き" ではないけれど、雪のマークの牛乳屋さんも毎日1ℓのパックを2本配達してくれました。

私の住む敷地には、母方の両親と兄弟家族2軒、そして我が家の全4軒、多い時で15人が一緒に暮らしていましたから、"御用聞き" 利用度は頻繁!
我が家では、お米や、お正月用ののし餅、醤油などの調味料を主に注文していましたが、来客も多く、総勢7~8人いる私たち孫が毎日出入りしている祖父母の家では、その為のジュースやビールなどの準備も "御用聞き" を頼りにしていました。

a0002405_1048327.jpg"お米屋さんと言ったら!" ケースで注文する "三ツ矢サイダー" と 武田の"プラッシーPLUSSY" (ビタミンC がプラスされているのでこの名前になった事を今回初めて知りました) 。
重いビン入りのジュースで、シュポッと栓を抜いて、冷えたところをゴクゴク とみんな祖父母宅の冷蔵庫から出しては飲んでいました。
私は炭酸が苦手だったので、もっぱら "プラッシー" 党!! 
わずかに果肉が入っていて…今では100%ジュースしか飲まない私も、当時のオレンジ味の "プラッシー" だけは、子供時代の夏の思い出として、いつまでも懐かしく心に残っています。

サザエさんのお宅には勝手口がありますが、我が家はダイレクトに正面玄関をガラリッ…
しかも、今のような頑丈な扉ではなく、まさにガラガラ、「こんちは~」 のガラスの引き戸の時代でした。突然、玄関が開くのですから、ビックリすることもたびたび。
当時はこれが普通の光景だったのでしょう。今では有り得ないかもしれません。

いつも利用していたお米屋さんも、時代と共に需要が減り、10数年前から米屋+クリーニング窓口をするようになっていました。変わり行く街のそんな姿を見たとき、ちょっと淋しさを覚えたものでした。

今も、"御用聞き" をしている街はあるのかしら?
"プラッシー" の味と共に、"御用聞き" が街と人々を繋いでいた懐かしい風景をいつまでも忘れません。
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# by suama | 2011-01-19 11:02 | ノスタルジック

私を当ててね!  What's My Line

You Tubeで世界中の人が楽しんでいる、アメリカの長寿番組 "What's My Line"。
日本でも偶然見つけて私の様に大興奮して観ている人も多いはず!

a0002405_15345968.jpg"What's My Line" 
1950年CBSTVで始まり、75年まで続いたクイズ番組。
各界の著名人をゲストに招き、パネラーが名前や職業を当てるというもの。
映画界など、よく知られているゲストなどはパネラーが目隠しをし(写真参照)、顔を見ただけではわからないゲストの時は、ダイレクトに質問をぶつける。

まず、司会者が Mystery Challengers と呼ぶゲストを観客と視聴者に向け紹介。
そして、ゲストが登場し黒板にサインをすると、観客はそれに歓声で応えるのです。
この声で、パネラーはどんなゲストが紹介されたのか、最初のヒントに!
その後は、簡単な質問に Yes or No で応えていくのですが、この時のゲストが笑えます。
これはぜひ、番組を観て確認していただきたい!! 

a0002405_15292821.jpgパネラーは初期のメンバーが写真の方たち。
左から、女優の Arlene Francis(1907~2001)、ドリス・デイ、ジェームス・ガーナー主演 「スリルのすべて」(63米) で高齢出産するフローリー夫人役で観た事があります。
その隣、ユーモア作家であり、出版社の社長でもあった Bennett Cerf(1898~1971)、
彼の最初の夫人は女優 シルビア・シドニー(1910~99) でした。
そして、ジャーナリストの Dorothy Kilgallen(1913~65)、彼女はジョン・F・ケネディ暗殺にまつわる事件の犠牲者ではないか?とされている様で、65年11月8日、この番組の撮影後、自宅で酒とバルビツール(睡眠薬)摂取により亡くなっています。謎の多い死との事です。
番組の初代司会者の、John Charles Daly(1914~91)、彼は50年~67年の長きにわたり、この番組を支えてきました。

私お勧めのゲストを一部紹介。
☆映画界より~ヒッチコックデビー・レイノルズ(複数あり)、ポール・ニューマン夫妻ドリス・デイ(複数あり)、モンゴメリー・クリフトゲイリー・クーパーエヴァ・マリー・セイントジュリー・アンドリュースグロリア・スワンソン(複数あり)、ダニー・ケイ(複数あり)、ドナルド・ダック!? ボビー・ダーリンスティーブ・マックイーンなどなど。
☆文化人より~サルバドール・ダリチキンのおじさん!? ディズニー、そして、若き日の小澤 征爾…
まだまだ、沢山のお勧めゲストがいるのでお気に入りを探してみてくださいね!

子供たちには、人形と思っていた"動く"チキンのおじさんや、ドナルド・ダックが大うけでした。
パネラー4人 (上記3人と、トニー・ランドール(1920~2004)) の奥さま、旦那様がゲストとして登場した回では、いつもと違うパネラーの反応が大変愉快でした。

ゲストの素の顔が観られるとても貴重な映像ばかりです。
こんな豪華なゲストがお茶の間で観られた時代に生まれたかった~!
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# by suama | 2011-01-16 15:46 | アメリカンTV

鎌倉にまたひとつ  鎌倉市川喜多映画記念館

木曜日は、未就学園児クラスに通うため大船へ行く日。
夏休み前から通い始めた "懐かしの映画の街" で昨日、「鎌倉市川喜多映画記念館」 のポスターを見つけました。

川喜多…という名は、映画ファンの方ならきっと1度はどこかで見かけたことがあるはず。
私は大好きな 淀川長治さん(1909~98) のお話でよく聞きました。 
その川喜多長政(1903~81) ・かしこ(1908~93) 夫妻の鎌倉市雪ノ下の旧川喜多邸に、昨年の2010年4月1日記念館がオープンしました。
国内外を問わず、映画をこよなく愛し日本に紹介してきた、川喜多ご夫婦と長女和子さん(1940~93) の魂が思い出の地、鎌倉で花を咲かせました。

財団法人川喜多記念映画文化財団」 のホームページでは、貴重な資料も一部紹介しています。
鎌倉在住の映画人の親睦の場であった 「鎌倉会」 でのお写真 (「カレイドスコープ」Vol.4小津安二郎監督) では、鎌倉 と 日本映画 が寄り添っていた事がわかります。
財団の所蔵する膨大な貴重な資料に、いつの日か鎌倉の地で出会えることを願っています。

a0002405_1163270.jpg霜柱が立つ土を "しゃりしゃり" と踏みしめて鎌倉の学校へ通った遠い日の冬の記憶を思い出しながら、「鎌倉市川喜多映画記念館」 へ行きたいと思うのでした。
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# by suama | 2011-01-14 00:48 | 文化人

これからの楽しみに♪  Sheet Music

a0002405_104347.jpg好きな曲だけちょこちょこと集めている、Sheet Music 。
見開きのものだったり、長い曲であるとページが何枚も挿んであったり…
そう、Sheet Music とは綴じられていない 楽譜 のこと。
子供の頃、このタイプの楽譜でピアノの発表会の曲を練習したことを覚えています。

"古き良き" 音楽を好きになったきっかけは、デビー・レイノルズの 「Tammy」 でした。
a0002405_1052625.jpgこの曲は日本未公開の 「タミーと独身者 Tammy and the Bachelor」(1957米)  の中でうたわれ、初めてこの曲を聴いたときの感動は今も忘れません。
その 「Tammy」 の Sheet Music を見つけたときの嬉しさといったら!
それからは、映画の曲を中心に見つけては集めています。
中を開くと、シンプルに五線譜と歌詞、すぐに演奏出来そうです!
これらの写真は、私の集めたの楽譜の一部。
味わいのある表紙を見ているだけでも、十分楽しめます。

a0002405_1062675.jpgどれも、半世紀以上前のものであるのに状態も良く、
中には表紙に、名前や日付の書いてあるものもあり、
持ち主が大切にしていたことが伝わってきます。
当時、手軽に Sheet Music が購入でき、レコードやラジオから流れる曲に合わせてうたい、演奏し、沢山の人が楽しんでいたのでしょうね。

今では、ネットから楽譜なども簡単に手に入りますが、
a0002405_1073826.jpg見た目は使い古されていても、中の音楽は今の時代も色あせないこちらの一品が私にはベスト!
これから、少しづつ楽譜をめくり音を奏でてみようかと楽しみにしているところです。
でもひとりのときは大声でうたっているかも…。
今年は、長年思っていた、クラリネットの世界に足を踏み入れたい。
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# by suama | 2011-01-12 10:10 | 音楽

憧れのひと  信澤三恵子

a0002405_20423719.jpg子供の頃、病床の母と弟と3人で 「未来少年コナン」(1978年NHK) を毎週楽しみに観ていました。主人公コナンに憧れを抱きつつ、コナンを慕う少女ラナの "声" にもまた特別な思いをずっと持ち続けていました。

1989年、父から 「奥さまは魔女」 の母親役を友達が演るんだよ!! と聞き、確かエンドラ役の 北原文枝さん(1920~80) はもう亡くなっているはず…?
そう、父の勘違い! その夏公開の 「魔女の宅急便」 キキの母親役コキリのことでした。
そして、その声の主が父の友人で、私の長年の憧れでもあったラナ役の 信澤三恵子さん(1947~) だったのです。

子供の頃は、現代の様にネットで調べる術もなく…
後に知り合った 「ド根性ガエル」 ピョン吉役で有名な 千々松幸子さん(1937~)と出会うまで声優という存在は意識しませんでした。
(信澤さん、千々松さん、そしてコナン役の小原乃梨子さん(1935~)は 「母をたずねて三千里」(1976年) のペッピーノ3姉妹役で共演しています。)

そして憧れの信澤さんに会える日が来たのです。a0002405_2062898.jpg 
2008年10月18日、よく晴れた秋の日、父の撮影を手伝うため信澤さんはやってきました。
今回は実年齢より年を召した役どころだったので、
「スタイルはやや老けてみたのよ。」 との事。
お会いすると小柄で可愛らしい、とても優しい方でした。

車に乗り、向島"長命寺の桜餅" を買い、撮影場所の隅田公園へ。
父と弟の家族、私と娘、そして撮影スタッフの大移動。
大きな公園でずいぶん長い時間撮影しましたが、やはりプロの方、
「いつも、撮影は夜中までかかることもあるから大丈夫よ!」 と信澤さん!

a0002405_2023418.jpg撮影後、昼食のため会社近くのレストランへ。ちゃっかり私は信澤さんの隣へ。
「コナン」 の時、宮﨑駿監督は 「子供らしくなくそのままで」 という演技指導だったとか。
ラナ役も、「母を」 のフィオリーナ役もどこか大人びた印象の少女に感じたのはそういう事だったのか…と納得してしまいました。
それから、私の描いた信澤さんのジブリ代表作の色紙にサインをいただき、興奮の素晴らしい一日は過ぎて行くのでありました。

その後、信澤さんは映画 「サマーウォーズ」(2009年) の陣内万理子役で登場。
信澤さんよりずっとお年を召した役どころでしたが、とても品のある役に仕上がっておりました。
娘のお気に入りの映画になりました。

また、近いうちお会いしたいです。
今度は舞台を見に伺いたいと思います。
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# by suama | 2011-01-10 20:45 | 俳優・女優