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子供時代の “世界” の番組の思い出 2

子供時代の “世界” の番組の思い出、もうひとつは
「兼高かおる 世界の旅」 KAORU KANETAKA'S "THE WORLD AROUND US" です。

a0002405_225029.jpg1959年から31年間続いた紀行番組で、
タイトルの 兼高かおる(1928~)さん が遠い海の向こうに出向き、
各国を取材、フィルムを自身が編集し30分の番組として放送されました。 (写真は1961年の素敵な兼高さん!)

フィルムを観ながら旅のお供をする聞き手役に 芥川隆行(1919~90)氏。 2人の洒落たおしゃべりが実に魅力的!
兼高さんの 「そうですのよ、ほほほ・・・」 となんと上品で優雅な話し方・・・
そんな憧れにも似た印象を持ちつつ、少女時代楽しく拝見していました。

現在83歳の兼高さん。
昨年12月にNHKのトーク番組に出演されたときには、
「わたくし、現在20歳と34ヶ月ですのよ!ほほほ。」 と閏日生まれの自分を洒落て紹介されていました。
a0002405_22522317.jpgそして、昨年 「わたくしが旅から学んだこと」 という著書が出版され私も楽しく拝読いたしました。
世界を行ったり来たり、決して真似の出来ない人生なのでしょうが、
私たちに訴えかけてくる 兼高流 の文章から “人生” の素晴らしさをずっしりと感じました。
人それぞれの受け止め方はありますが、ひとつのことを貫いてきた人生、そして、パイオニア の語る言葉にはこころ打たれるなぁ・・・と思いましたね。

大好きだったこの番組のオープニング。
現在TBSチャンネルで放送しているバージョンは白黒時代の放送なので、私の生まれる前のもの。
ということで今回、youtubeさんを探して、ピンッと来る思い出のオープニングを見つけました。
番組の前に放送していたCMまで入っていて、子供の頃観ていた 日曜9時の朝の風景 が蘇ります。
いまは倒産してしまった PAN AM(Pan American Airways) の優雅な飛行も観られます。

日本中にこの番組を懐かしく、大切な思い出の1ページにされている方も多くいらっしゃることでしょう。
私の家族皆が揃っていた頃の、今は遠い昔となってしまった素晴らしい日々を思い出しながら、これからもいつまでも大切な番組となってくれると思います。

最後に・・・
未曾有の大災害を経験した日本が、沢山の国からの救援を受けています。
強く強く、世界というものを ”尊く、近い存在” に感じた経験であったのではないでしょうか。
岩手県山田町の友人も、世界がこんなに小さな日本を思っている・・・と知ったときの驚き。
情報が入らない被災地では雲を掴むような、世界からの知らせだったのではないかと思います。

遠い遠い海の向こうにあると思った世界が、いまひとつとなり助け合い、立ち上がろうとしています。
月並みですが、 本当に人って素晴らしい! と感じる毎日です。

今回の、「子供時代の “世界” の番組の思い出 」 というタイトル。
取り上げた2作品の番組も、今では手軽に観ることが出来、そして、私たちはTVで観ている世界へ羽ばたいていくことも出来るのです。
時代は変わっていくのだなぁと同時に、夢でなく、誰にでも世界をこの目で見る事が出来る そんな時代がきた事を強く感じるのでありました。
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# by suama | 2011-04-04 00:08 | ノスタルジック

子供時代の "世界" の番組の思い出 1

私の子供時代には、海外からのアニメやドラマ番組、日本で制作された海外を紹介する番組が多かったように思います。 子供ながらに、遠い海の向こうの世界に思いを馳せながら、海外の文化にそれは魅了されたものでした。

今回は、私の子供時代に観た印象深い 2作品 を紹介します!
どちらもタイトルに "世界" が付きます。 時代を感じますね!

a0002405_1720241.jpg2004年9月のブログに、ケチっちゃだめって… 「世界の料理ショー」というタイトルで、一度この話題は書いているので重複内容もありますが・・・。
2年前に遂に日本でも、現存する日本語版52話すべてを収録したDVD-BOXが発売されました。 とてもとても懐かしく、映像を観るのは10年ぶりでしたね。

「世界の料理ショー」 THE GALLOPING GOURMET
ホスト兼料理人に スコットランド人の Graham Kerr(1934~)氏。
1968~71年迄カナダで制作され、71年の自動車事故により、
Kerr 氏の一時的な全身麻痺を起こした直後に番組が打ち切りになったそうです。
彼は事故の影響でクリスチャンとなり、妻の心臓発作を機に新しい健康的な料理スタイルへを考案し、
「新・世界の料理ショー」 へと変化していくわけなのですが。

そもそも、この 「世界の料理ショー」 が制作されることになったきっかけは・・・
このDVD-BOXで、Kerr 氏本人が語っています。

「世界一退屈な男ね!」 と言う Treena 夫人 の言葉に
「じゃあ、自分で番組を制作してみろよ!」  の kerr 氏の反撃・・・から始まったこの番組。
28回の海外旅行の経験と、異文化料理への憧れと興味から、二人三脚で制作されました。
プロデューサーの Treena 夫人の本番中のドッキリ仕掛けになえながらも、
kerr 氏は、専門的な料理番組とは一線を画し、
"皆で食卓を囲める料理" を目標に、"娯楽性を持たせ" ながら、
"退屈男の改造" へなって行くのでした。

でも、この番組と言えば "高カロリー食" いう言葉が出てきてしまうほど、
それはそれは、ビックリするような てんこ盛りの調味料のこってり料理 でしたよね。
Kerr 氏は、「当時ボクも若くて、死は身近ではなかった・・・」 とのこと。
「料理をするボクを見ている観客が、
鍋に材料を入れれば、歓声! 調味料を入れても、歓声!」
というわけで、結局高カロリーとなってしまったそう。

でも、その後の Treena 夫人の心臓発作と自分の料理を悔やみ、料理の改革へと乗り出すのですから、TV画面から観える、愉快なKerr 氏は 真の料理人だったのだなあと改めて思いました。

a0002405_17242351.jpg現在は、世界でもっとも大勢のシェフを輩出した "ジョンソン&ウェルス大学" で教鞭をとり、調理栄養学で名誉博士号を授与される という人生を歩んでいらっしゃいます。 

料理は "優美さ" と "安らぎ" とおっしゃる Kerr氏。
その原点ともなるこの番組を、子供時代と違った思いで、
ゆっくりとひとつひとつ観たいなと思うのでした。

「あっ、スティーブもお忘れなく!!」 
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# by suama | 2011-04-03 17:36 | ノスタルジック

岩手県山田町のいま 8

今日は子供たちの用事でしたが、久しぶりに外出をしました。
最近、買出しの回数も減っていたので (花粉症ということもあるのだけど!) 、
いつの間にか暖かい風が吹いていることに気づいた一日でした。

昨晩届いた、山田町の友人からの声をお伝えいたします。

「宮古市でも、山田町でも
瓦礫の片づけが進んでいます。
そんなときにショックなことがありました。
息子の行方不明だった同級生が見つかりました。

学校への通学路は2車線で広い道なのですが、
そこにも津波が来て、瓦礫の山が出来ました。
そして、車が通れるように瓦礫を両サイドにどけましたが、
その瓦礫の片づけをしていたら、行方不明の子がいたそうです。

その道は、私も何度も通っていたし、他の人たちも通っていたのに、
今まで気づかなかったの。
それに見つかった場所は、津波の波が来た間際近くなのです。

これから、学校が始まるけれど、
殆どの子供がその通学路を通るので、毎日が辛いです。

気づけば、道のあちこちに花がたむけてあるの。
瓦礫は片付くけれど、辛いです。」

「山田町の避難所は、
ノロウィルス や 風邪 が流行っていて、
イビキも凄くて休めないようです。
近所の人は、電気も水もないし、家は津波で汚れているけれど、
避難所より良いと言って、家に帰ってきました。

ひどい環境の中で、
行方不明の家族が見つかるのを待っています。」

「最近私が困っているのが、息子の様子です。
赤ちゃんがえり?なのか妙に私にくっついたり、
物を失うのを恐れたり、イライラしたり・・・。
夜も、何度か起きたり、寝汗で全身びっしょりなのです。

こころのケアを・・・と思い、息子と一緒に過ごすようにしています。
新聞には、こころのケアを・・・と書いてあるけれど、
具体的なことは何も書いていない・・・。」

「宮古の映画館が、子供たちが元気になるようにと、
アニメを上映してくれたので、息子と観にいきました。
でも・・・敵と戦って、町が破壊されたり、火事になったり・・・

思い出したくない事をやっていて、
元気がしぼんでいきました・・・。」

非常事態だとはいえ、
自宅非難の場所は家族が倍に増え
"大変なときはお互い様"・・・と理屈で理解していても
納得できないことが子供でもあると話してくれました。

大人でもやり切れない、今の被災地の状況。
テレビでは、明るい声が聞こえ始め、
立ち上がろう・・・とする姿が多く映し出される中、
小さな胸の中に抱えている、声に出せない不安
子供たちの見ている光景を想像するだけでも
胸が痛み、いてもたってもいられない気持ちになります。
引き続き、息子さんへのバックアップに力を入れたいと思います。

いま、芸能関係の方などが少しずつ被災地を訪れています。
つかの間であっても、笑いや笑顔が溢れています。
元気が出ますよね。

息子さんはAKBさんのファンとの事。
友人も、息子さんの影響なのか?
AKBさんの歌を聴いて勇気を奮い立たせているそうです。

私は、あまり芸能関係に明るくないので、
AKBさんの話で盛り上がることが出来ないのですが、
いままでの日常を思い出すことが出来る、
そういう方々の存在もいまこそ必要なときなのかもしれませんね。

刻々と変化してゆく、被災地への支援のあり方。
いまこそ、見直すときがきているのではないでしょうか。
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# by suama | 2011-04-01 19:53 | 世の中のこと

岩手県山田町のいま 7

今日、イタリア発 cocomeritaさん から、嬉しいコメントをいただきました。
山田町・・・という名を見てお知らせくださったのですよ!
まずは、お知らせいただいた記事をご紹介いたします。

温かい食べ物を被災者へ ~岩手県の山田町にて炊き出しを開始します~

CARE International Japan
というNGO団体の発表です。

a0002405_2345864.jpg活動開始には、もう少しの時間が必要の様ですが、
山田町のいまの状況の把握をしてくださったことに本当に感謝したい気持ちです。

また、いつも沢山の情報そして、エールをくださるcocomeritaさんに、
私からも、エールをイタリアへ送ります!
そして、ブログを見てくださる皆様に感謝感謝です、ありがとうございます。

被災地の皆さまに沢山のエールと支援が届きますように!
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# by suama | 2011-03-30 23:06 | 世の中のこと

岩手県山田町のいま 6

先ほど、山田町の友人から久しぶりに電話がかかってきました。
荷物をほどいたお礼の元気な声でした。

現在、困っていることは何か?と問いました。

「いま、困っているのは夜の治安かしら?
外は、灯ひとつないので、本当に怖いです。
まるで、ゴーストタウン の様です。 

夜中に "ガソリンや灯油" を抜かれてしまう人が多いので本当に困っているの。

壊滅したスーパーの金庫に100万円入っていたそうですが、
盗まれてしまったと聞きました。

友人と一緒に町の瓦礫の片づけをして、
彼女が津波と火事からなんとか残った自宅へ帰ると
大きな体格の男性が家の中を土足で物色してるところに出くわしたそうなの。
彼女は恐怖で、その光景を見つめることしか出来なかったそうよ。

夜は本当に怖いです。
勤めから帰るときも皆と明るいうちに声を掛け合って帰るようにしているの。

町には、京都や神奈川から、警察の人が来て警備をしてくれています。
本当にありがたいわ。」

町の治安は、やはり少しづつ悪くなっているようで心配です。

配給も、今日は 乾パン だったそうです。
配給では "甘いパン" が多いので、
「被災地なのに太ってしまうわ~!」
と冗談交じりに言っていましたが、被災地の方々の栄養状態が心配です。

外出が出来ない為、子供のストレスも溜まっていると聞きました。
彼女はやっと、職場の努力でガソリンを満タンでもらえるようになった! と喜んでいました。
先日もストレスが溜まっているだろうと、息子さんをドライブに連れ出したそうです。
明るく振舞う彼女ですが、 この恐怖、悲惨な状態に慣れてしまった自分がいる と言っていました。
これからのこころのケアが心配です。

a0002405_1625182.jpg今日、4月にNHKで放送される 
木下恵介監督作品の 「二十四の瞳」(1954松竹) 
の映像をちらりと観ました。
小豆島で教鞭をとる、大石先生と12人の教え子のお話です。
その大石先生を演じる 高峰秀子(1927~2010) さんを見て、
「山田町の友人と
デコちゃん(高峰さんの愛称) の大石先生は本当にそっくり!」
笑顔が特に似ています。
その笑顔を思い浮かべながら彼女の言葉を読んで下さると嬉しいです。 
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# by suama | 2011-03-30 16:06 | 世の中のこと

岩手県山田町のいま 5

続けている岩手県の被災者名簿のチェックも、山田町の更新はなく、
安否情報のサイトからのヒットもない。
NHKでの、"被災地からの声" でも探している人は見つからず・・・。

しか~し、先日、2名探している方らしい名前を見つけ彼女に知らせていましたが、
ビンゴ! お2人とも友人の方だったそうです。
嬉しかったですね、涙が出てきましたよ!

そして、被災地の明るいニュースが少しづつ増えていることも、
私たちに希望と勇気をもたらしてくれます。
今日も彼女の声をお伝えいたします。

「職場では、家を失った人にアパートを探してくれたり、
夜勤の時は食事を出してくれたり、本当に温かいところです(ハートマーク)。」

「今朝、職場近くのコンビニへ行ったら、
つくね棒があり、職場の人と久々にお肉を食べました。
おいしかった~!」

「みるみる間にライフラインが復旧して、
皆必死に頑張ってくれているんだなぁ とありがたいです。

息子の小学校の始業式が4月20日に決まりました。
入学式は翌日。
体育館が避難所なので、入学式は図書室で行なうそうです。」

「ばあちゃんが疲れ気味なので、荷物送ってくれるの助かります。
兄ちゃん家族はのんきなので、ばあちゃんが頑張って、
電気・水道がきたら 「気が抜けた~」 とお疲れです。
家事の分担表を作って、
のんきなヤロウに渇を入れます!!」

「今日、坂道を歩いていて、私の後ろを息子が歩いてきたので振り向いたら
息子がニコニコ、鼻血をドバドバ出しながら歩いていました。
ひどい花粉症なので、すぐ鼻血が出るの。
まるで、コントをしているかのようで笑っちゃいました。

いつも行く耳鼻科も震災を受け、薬も貰えずです
宮古にも、耳鼻科があるけれどあまり評判がよくないので、釜石に変えたらそこが良かったの!
でも、場所的に釜石の耳鼻科は流されたと思うので悲しいです

今日はとても寒いです。
早く、春がくればいいな・・・。」

嬉しいことに、宅急便の予想以上の配達スピードに感謝感激、
こちらも力がモリモリと湧いてくる・・・感じです。

でも、お店で岩手宛の食糧を買いに行きましたが購入制限していたり、
棚に商品がなかったり、8人家族の彼女の家にまとまったものを送るのも大変な状態でした。
関東でのこの品薄状態の話は被災地の方の耳に入れたくありません。
少しでも早く、世の中が落ち着くことを祈るばかりです。

福島の原発の被災者の方々、特攻隊のように現場でたたかう作業員の方々。
そして、いまだ安否のわからない家族を待つ被災者の方々。
皆さまの毎日にこころが痛みます。
一日もはやく、日本中が笑顔で包まれますように・・・。
そして、私に出来ることは小さいけれど、コツコツ を忘れずに!

☆イタリア発 http://cocomerita.exblog.jp/ もご覧ください。
cocomeritaさん のページです。
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# by suama | 2011-03-30 00:38 | 世の中のこと

しみじみと  池部良

a0002405_14102130.jpg昨晩、NHK BS2で放送した
「俳優・池部良 ~10人の女優による二枚目スタアと昭和~ 」
ソファを陣取って、こころ穏やかに観ました。
家族が皆協力してくれ、この時間までに寝てくれたので・・・感謝感謝。

番組は池部夫人、美子さんの大好きな良さまの写真から始まりました。
良さまのファンであり彼と交流もあった戸田 菜穂さんがナレーターです。

女優、
杉葉子さん (1928~)
アメリカのロスからの明るい笑顔はいまも 「青い山脈」(1949) 寺沢新子そのままでした。
岸恵子さん (1932~)
"通じ合うもの" という彼女と良さまの人間としてのぶつかり合いが非常に羨ましい言葉でした。
岡田 茉莉子さん (1933~)
ジープに乗って良さまの戦友と3人で観にいった 「ローマの休日」(1953米) のエピソード。
飾らない大スターの素顔を覗かせました。
司葉子さん (1934~) 
デビュー当時から共演してきた良さまとの思い出を語るその姿は、
まるで少女の様にとても可愛らしく印象的でした。
監督、
篠田 正浩さん (1931~)
男として惚れぬいた良さまへの思いは深いものでした。

瞳を輝かせながら、当時の良さまとの良き思い出をゲストの方々が熱く語りました。

いつも良さまのお話になるとその存在が欠かせない 真珠郎さま も今回の番組制作に参加されました。
学生時代からコレクションした貴重なスチールが、番組では随所に散りばめられていて、
これまた観ている私をワクワクさせるのでした。
タイトルバックを飾ったスチールも 真珠郎さま の物だそう。
きらきら輝いた良さまのお姿にまたうっとりしてしまう私でした。

池部良 92年の人生・・・。
幼少時代の家族との賑やかな思い出。
5年間の兵隊時代。
遺品の雑嚢と3つの食器。
そして、戦友に捧げた "鎮魂詩" のテープ。
戦前、戦後、大スターとして駆け抜けた役者人生。
映画界からその姿は消えても、いまもなお、われわれを魅了し続ける執筆家としての世界。
池部良という男は、様々な "顔" を持つ。
この2時間では、ほんの一部の姿を "斬る" ことしか出来ませんでしたが、
彼にまた出逢えました。
亡くなってもうすぐ半年、
この半年で日本が揺らいだことを思えば、
今だけでも穏やかなときを過ごせたのかな・・・と思わずにはいられませんでした。

番組の最後にもう一度、主のいない "彼の城" が映りました。
改装前のお宅では、書物が山と積まれ、座敷に着物姿でペンを走らせていた良さまの書斎は、
改装後は、デスクに椅子となり、
シンプルでかつ機能的、大きな書棚がドンッとありました。
筆を休め、窓から何を見ていらっしゃったのだろう・・・と生前の彼を偲びます。
そして、昨年の10月でめくられることのなくなったカレンダー。
8日金曜日 の欄に赤い文字で "ボク死去"。
奥さまの字ですね。
涙がとまりませんでした。
いまも、奥さまとごいっしょの良さま。
この番組の静かなエンディングのように、奥さまと2人、穏やかに暮らしていらっしゃるのでしょう。
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# by suama | 2011-03-29 15:38 | 池部良

岩手県山田町のいま 4

昨日夕方、山田町の友人が勤める宮古市の病院宛に、宅急便を送りました。
宅急便の方は、
「何日かかるかわからないけれど・・・」
とおっしゃっていたけれど、いま荷物の追跡状況を見たら、"配達完了"に!
すごい!
通常より早い到着だと思うのですが・・・。
同じように昨日私の親友も宮古市の病院に荷物を送り配達済み。
ホント! 優先的に配達してくださったのかしら!

友人のお子さんは、ひどい花粉症で鼻血が "ドバーッ" って出てしまうと言っていたので、
沢山、薬やらマスクやら送ったので早い到着何よりでした。
彼女は今日は連絡がつかないということは山田町の自宅にいると思うので、
出勤したらビックリかも!
第2便の準備も始めているので、このスピード便は本当に感謝いたします。

これから、良さまの特集番組を、嬉しさとともにゆっくり楽しめそうです。

被災地の早い復興、頑張ろう、頑張ろう!!!
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# by suama | 2011-03-28 20:37 | 世の中のこと

今だけ甘えさせてくださいね  池部良

2月のブログでもお知らせした 
 「俳優・池部良 ~10人の女優による二枚目スタアと昭和~ 」 

a0002405_15121099.jpg昨日、真珠郎さまのもとにNHKさんから、
「放送時間が変更になりました」 
と連絡が入ったと教えていただきました。
そして、真珠郎さまから、
「私のブログでお知らせを・・・」 ということでしたので、
変更をお伝えいたします!

お時間のある方、ぜひ、ご覧下さいませ。
私はこの2時間だけは、
"良さまにう~んと甘えている気持ち" で、
癒されたいと思います。

3月28日月曜日、21時45分から、NHKBS2にて放送予定です☆
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# by suama | 2011-03-26 13:44 | 池部良

岩手県山田町のいま 3

昨夜3日ぶりに山田町の友人から連絡が入りました。
今回もメール紹介の了解を 「OK牧場!」 といただきましたので、お伝えいたします。

「今日は仕事です。
ガソリンが寂しいのと、道路が瓦礫だったり、道も崩れていて怖いので、バスにしました。
正月に大雪でバスに乗ったとき、内臓を吐くくらい酔ってしまいました。」

「職場のある 宮古 では、スーパーもありますが、自宅避難の人には物資がないようです。
山田町のすべてのスーパーが壊滅して、テントで品物を売っているところが1ヵ所あります。
ですが、肉・魚はありません。
卵・牛乳は運次第!
後はこんにゃく、みかん、玉ねぎなど売っていました。

昨日、牛乳が入るかも! 
という情報で、雪の中をずっとずっと待っていましたが空振りでした。
なので、私の様な自宅避難者は、 "配給" が命綱です。

"配給" がある時には、放送がかかります。
でも、我が家は遠くて、その放送が聞こえず、ずっと待ってしまいます。

昨日は、昼は水だけ、午後は菓子パン・飲むゼリー(売れ残りのまずいものでした)を家族分、
韓国製のカップ麺を1個貰いました。
取りに行くのが遅くなってもらえない人もいます。
雪の中、2時間待ってこれだけですが、十分ありがたくいただいていますよ☆
ありがとう、皆さん!」

「昨日、避難所に行きました。
電気は来ましたが、そのほかはまだでした。
物資ですが、食糧は少しづつ足りてきましたが、
生活雑貨、歯ブラシ、石鹸、生理用品が足りないようです。」

「23日、終了式・卒業式がありました。
他の地域に避難している子供たちも何人かいるのですが、
1~5年生は廊下で終了式をしました。
子供たちは元気でした。
6年生は図書室で卒業式をしました。

家を失い、転校する子供も多くいます。
息子と仲の良い、家族ぐるみの付き合いのある家族も盛岡に行きます。
寂しい、悲しい、というより、仕方がないもの・・・と諦めの気持ちです。
実は我が家も今年の秋、中高一貫校の受験の為引っ越す予定でしたが、
山田町に残り、頑張って行こうと思います。」

「suamaちゃんに、山田の町の様子を知らせようとデジカメで写真を撮りました。
"オランダ島" という、東北唯一の無人島で、
白浜の海はエメラルドグリーンの島です。

その島の写真を息子が拡大して見て、
「島にも瓦礫が一杯だよ!」というので見ると、
何体もの遺体でした。」

「配給は午前と午後にあります。
時間はまちまちです。
午前は 水 で、午後は リッチです!
ただ午後の配給の時間は決まっておらず、
いつの間にか配っていたり、
これから配ります と放送を聞いてから行くと、物資がなかったりします。
我が家は放送が聞こえないので、だいたい15時頃行きますが
既に行列、100人以上並んでいることもありました。
雪の中は辛いです。
配る場所は公民館です。

内容はだいたいが
☆ 菓子パン または おにぎり
☆ 水
☆ カップ麺
☆ 飲むゼリー(去年のEXILEのライブツアーの売れ残りみたいでした)です。

パンは家族の人数を言えばその分もらえます。
でも、カップ麺は配給に行った人しかもらえません。
なので、家に留守番2人残して、家族総出でカップ麺をゲットするのです。
が、悲しいことにいつももらえるわけではありません。」

「今、欲しい食糧は、
肉、魚、牛乳、野菜  だな~。
ラーメンも食べたいな~。
おすし屋さんの看板を見たら、唾が出ちゃったの。
イヤシンボになったな~。」

「もし、古着があったら、パンツ一枚も持たず避難してきた兄ちゃん家族にあげたいです。
でも、無理に探さないでね!
着のみ着のままでも 明るい我が家 です。」

「地震・津波・火事が起こり、
神様が人間を怒っている と思いました。
今まで、贅沢して、美味しくないもの、飽きたものを簡単に捨てて・・・。
人間が、何年もかけて造りあげた町も家も橋も、
大切な人たちも一瞬で奪って、
奪われるのを、何も抵抗できず見ているしかなくて・・・
人間が如何におごっていたのかわかりました。 

これからは、人も物も大切にして行こう、そう思いました。
そうすれば、地震も津波も起こらないわけではありませんが
神様はいる 神様が守ってくださった
ということも沢山経験しました。
人も物も、感謝の気持ちを持ってやって行きたいです。」

そして、最後にこんなメールももらいました。

「避難所に昨日行ってびっくりです。
空気がよどんでいて、よく病気にならないなって。
避難所も学校の体育館なので、始業式の目処はたっていません。
少なくとも4月20日以降だそうです。
早く子供達を学校に通わせてあげたいです。

物資はそんなに援助されているとは知りませんでした。
菓子パンがいつも賞味期限ギリギリ(その日だったり)なので、
輸送や仕分けに時間かかっているのかな、と思っています。
オニギリの時は、固くて食べられず、雑炊にしました。

今日は夕食は大分固くなったアンパンです。
配給でもらったものの、賞味期限が翌日で、家族に食べさせる訳にはいかないので、私が処理してます。
そのせいではないと思いますが、夕べはおかながゴロゴロで、息子にも笑われました。」

TVで放送しているより、まだまだ厳しい被災地の状況です。
山田町はそれでも、恵まれている方に感じましたが、どうでしょうか・・・。
今日も東北地方は雪の予報・・・。
身体をこわさないで・・・そのことを毎日祈っています。
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# by suama | 2011-03-25 16:02 | 世の中のこと