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岩手県山田町のいま 7

今日、イタリア発 cocomeritaさん から、嬉しいコメントをいただきました。
山田町・・・という名を見てお知らせくださったのですよ!
まずは、お知らせいただいた記事をご紹介いたします。

温かい食べ物を被災者へ ~岩手県の山田町にて炊き出しを開始します~

CARE International Japan
というNGO団体の発表です。

a0002405_2345864.jpg活動開始には、もう少しの時間が必要の様ですが、
山田町のいまの状況の把握をしてくださったことに本当に感謝したい気持ちです。

また、いつも沢山の情報そして、エールをくださるcocomeritaさんに、
私からも、エールをイタリアへ送ります!
そして、ブログを見てくださる皆様に感謝感謝です、ありがとうございます。

被災地の皆さまに沢山のエールと支援が届きますように!
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by suama | 2011-03-30 23:06 | 世の中のこと

岩手県山田町のいま 6

先ほど、山田町の友人から久しぶりに電話がかかってきました。
荷物をほどいたお礼の元気な声でした。

現在、困っていることは何か?と問いました。

「いま、困っているのは夜の治安かしら?
外は、灯ひとつないので、本当に怖いです。
まるで、ゴーストタウン の様です。 

夜中に "ガソリンや灯油" を抜かれてしまう人が多いので本当に困っているの。

壊滅したスーパーの金庫に100万円入っていたそうですが、
盗まれてしまったと聞きました。

友人と一緒に町の瓦礫の片づけをして、
彼女が津波と火事からなんとか残った自宅へ帰ると
大きな体格の男性が家の中を土足で物色してるところに出くわしたそうなの。
彼女は恐怖で、その光景を見つめることしか出来なかったそうよ。

夜は本当に怖いです。
勤めから帰るときも皆と明るいうちに声を掛け合って帰るようにしているの。

町には、京都や神奈川から、警察の人が来て警備をしてくれています。
本当にありがたいわ。」

町の治安は、やはり少しづつ悪くなっているようで心配です。

配給も、今日は 乾パン だったそうです。
配給では "甘いパン" が多いので、
「被災地なのに太ってしまうわ~!」
と冗談交じりに言っていましたが、被災地の方々の栄養状態が心配です。

外出が出来ない為、子供のストレスも溜まっていると聞きました。
彼女はやっと、職場の努力でガソリンを満タンでもらえるようになった! と喜んでいました。
先日もストレスが溜まっているだろうと、息子さんをドライブに連れ出したそうです。
明るく振舞う彼女ですが、 この恐怖、悲惨な状態に慣れてしまった自分がいる と言っていました。
これからのこころのケアが心配です。

a0002405_1625182.jpg今日、4月にNHKで放送される 
木下恵介監督作品の 「二十四の瞳」(1954松竹) 
の映像をちらりと観ました。
小豆島で教鞭をとる、大石先生と12人の教え子のお話です。
その大石先生を演じる 高峰秀子(1927~2010) さんを見て、
「山田町の友人と
デコちゃん(高峰さんの愛称) の大石先生は本当にそっくり!」
笑顔が特に似ています。
その笑顔を思い浮かべながら彼女の言葉を読んで下さると嬉しいです。 
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by suama | 2011-03-30 16:06 | 世の中のこと

岩手県山田町のいま 5

続けている岩手県の被災者名簿のチェックも、山田町の更新はなく、
安否情報のサイトからのヒットもない。
NHKでの、"被災地からの声" でも探している人は見つからず・・・。

しか~し、先日、2名探している方らしい名前を見つけ彼女に知らせていましたが、
ビンゴ! お2人とも友人の方だったそうです。
嬉しかったですね、涙が出てきましたよ!

そして、被災地の明るいニュースが少しづつ増えていることも、
私たちに希望と勇気をもたらしてくれます。
今日も彼女の声をお伝えいたします。

「職場では、家を失った人にアパートを探してくれたり、
夜勤の時は食事を出してくれたり、本当に温かいところです(ハートマーク)。」

「今朝、職場近くのコンビニへ行ったら、
つくね棒があり、職場の人と久々にお肉を食べました。
おいしかった~!」

「みるみる間にライフラインが復旧して、
皆必死に頑張ってくれているんだなぁ とありがたいです。

息子の小学校の始業式が4月20日に決まりました。
入学式は翌日。
体育館が避難所なので、入学式は図書室で行なうそうです。」

「ばあちゃんが疲れ気味なので、荷物送ってくれるの助かります。
兄ちゃん家族はのんきなので、ばあちゃんが頑張って、
電気・水道がきたら 「気が抜けた~」 とお疲れです。
家事の分担表を作って、
のんきなヤロウに渇を入れます!!」

「今日、坂道を歩いていて、私の後ろを息子が歩いてきたので振り向いたら
息子がニコニコ、鼻血をドバドバ出しながら歩いていました。
ひどい花粉症なので、すぐ鼻血が出るの。
まるで、コントをしているかのようで笑っちゃいました。

いつも行く耳鼻科も震災を受け、薬も貰えずです
宮古にも、耳鼻科があるけれどあまり評判がよくないので、釜石に変えたらそこが良かったの!
でも、場所的に釜石の耳鼻科は流されたと思うので悲しいです

今日はとても寒いです。
早く、春がくればいいな・・・。」

嬉しいことに、宅急便の予想以上の配達スピードに感謝感激、
こちらも力がモリモリと湧いてくる・・・感じです。

でも、お店で岩手宛の食糧を買いに行きましたが購入制限していたり、
棚に商品がなかったり、8人家族の彼女の家にまとまったものを送るのも大変な状態でした。
関東でのこの品薄状態の話は被災地の方の耳に入れたくありません。
少しでも早く、世の中が落ち着くことを祈るばかりです。

福島の原発の被災者の方々、特攻隊のように現場でたたかう作業員の方々。
そして、いまだ安否のわからない家族を待つ被災者の方々。
皆さまの毎日にこころが痛みます。
一日もはやく、日本中が笑顔で包まれますように・・・。
そして、私に出来ることは小さいけれど、コツコツ を忘れずに!

☆イタリア発 http://cocomerita.exblog.jp/ もご覧ください。
cocomeritaさん のページです。
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by suama | 2011-03-30 00:38 | 世の中のこと

しみじみと  池部良

a0002405_14102130.jpg昨晩、NHK BS2で放送した
「俳優・池部良 ~10人の女優による二枚目スタアと昭和~ 」
ソファを陣取って、こころ穏やかに観ました。
家族が皆協力してくれ、この時間までに寝てくれたので・・・感謝感謝。

番組は池部夫人、美子さんの大好きな良さまの写真から始まりました。
良さまのファンであり彼と交流もあった戸田 菜穂さんがナレーターです。

女優、
杉葉子さん (1928~)
アメリカのロスからの明るい笑顔はいまも 「青い山脈」(1949) 寺沢新子そのままでした。
岸恵子さん (1932~)
"通じ合うもの" という彼女と良さまの人間としてのぶつかり合いが非常に羨ましい言葉でした。
岡田 茉莉子さん (1933~)
ジープに乗って良さまの戦友と3人で観にいった 「ローマの休日」(1953米) のエピソード。
飾らない大スターの素顔を覗かせました。
司葉子さん (1934~) 
デビュー当時から共演してきた良さまとの思い出を語るその姿は、
まるで少女の様にとても可愛らしく印象的でした。
監督、
篠田 正浩さん (1931~)
男として惚れぬいた良さまへの思いは深いものでした。

瞳を輝かせながら、当時の良さまとの良き思い出をゲストの方々が熱く語りました。

いつも良さまのお話になるとその存在が欠かせない 真珠郎さま も今回の番組制作に参加されました。
学生時代からコレクションした貴重なスチールが、番組では随所に散りばめられていて、
これまた観ている私をワクワクさせるのでした。
タイトルバックを飾ったスチールも 真珠郎さま の物だそう。
きらきら輝いた良さまのお姿にまたうっとりしてしまう私でした。

池部良 92年の人生・・・。
幼少時代の家族との賑やかな思い出。
5年間の兵隊時代。
遺品の雑嚢と3つの食器。
そして、戦友に捧げた "鎮魂詩" のテープ。
戦前、戦後、大スターとして駆け抜けた役者人生。
映画界からその姿は消えても、いまもなお、われわれを魅了し続ける執筆家としての世界。
池部良という男は、様々な "顔" を持つ。
この2時間では、ほんの一部の姿を "斬る" ことしか出来ませんでしたが、
彼にまた出逢えました。
亡くなってもうすぐ半年、
この半年で日本が揺らいだことを思えば、
今だけでも穏やかなときを過ごせたのかな・・・と思わずにはいられませんでした。

番組の最後にもう一度、主のいない "彼の城" が映りました。
改装前のお宅では、書物が山と積まれ、座敷に着物姿でペンを走らせていた良さまの書斎は、
改装後は、デスクに椅子となり、
シンプルでかつ機能的、大きな書棚がドンッとありました。
筆を休め、窓から何を見ていらっしゃったのだろう・・・と生前の彼を偲びます。
そして、昨年の10月でめくられることのなくなったカレンダー。
8日金曜日 の欄に赤い文字で "ボク死去"。
奥さまの字ですね。
涙がとまりませんでした。
いまも、奥さまとごいっしょの良さま。
この番組の静かなエンディングのように、奥さまと2人、穏やかに暮らしていらっしゃるのでしょう。
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by suama | 2011-03-29 15:38 | 池部良

岩手県山田町のいま 4

昨日夕方、山田町の友人が勤める宮古市の病院宛に、宅急便を送りました。
宅急便の方は、
「何日かかるかわからないけれど・・・」
とおっしゃっていたけれど、いま荷物の追跡状況を見たら、"配達完了"に!
すごい!
通常より早い到着だと思うのですが・・・。
同じように昨日私の親友も宮古市の病院に荷物を送り配達済み。
ホント! 優先的に配達してくださったのかしら!

友人のお子さんは、ひどい花粉症で鼻血が "ドバーッ" って出てしまうと言っていたので、
沢山、薬やらマスクやら送ったので早い到着何よりでした。
彼女は今日は連絡がつかないということは山田町の自宅にいると思うので、
出勤したらビックリかも!
第2便の準備も始めているので、このスピード便は本当に感謝いたします。

これから、良さまの特集番組を、嬉しさとともにゆっくり楽しめそうです。

被災地の早い復興、頑張ろう、頑張ろう!!!
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by suama | 2011-03-28 20:37 | 世の中のこと

今だけ甘えさせてくださいね  池部良

2月のブログでもお知らせした 
 「俳優・池部良 ~10人の女優による二枚目スタアと昭和~ 」 

a0002405_15121099.jpg昨日、真珠郎さまのもとにNHKさんから、
「放送時間が変更になりました」 
と連絡が入ったと教えていただきました。
そして、真珠郎さまから、
「私のブログでお知らせを・・・」 ということでしたので、
変更をお伝えいたします!

お時間のある方、ぜひ、ご覧下さいませ。
私はこの2時間だけは、
"良さまにう~んと甘えている気持ち" で、
癒されたいと思います。

3月28日月曜日、21時45分から、NHKBS2にて放送予定です☆
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by suama | 2011-03-26 13:44 | 池部良

岩手県山田町のいま 3

昨夜3日ぶりに山田町の友人から連絡が入りました。
今回もメール紹介の了解を 「OK牧場!」 といただきましたので、お伝えいたします。

「今日は仕事です。
ガソリンが寂しいのと、道路が瓦礫だったり、道も崩れていて怖いので、バスにしました。
正月に大雪でバスに乗ったとき、内臓を吐くくらい酔ってしまいました。」

「職場のある 宮古 では、スーパーもありますが、自宅避難の人には物資がないようです。
山田町のすべてのスーパーが壊滅して、テントで品物を売っているところが1ヵ所あります。
ですが、肉・魚はありません。
卵・牛乳は運次第!
後はこんにゃく、みかん、玉ねぎなど売っていました。

昨日、牛乳が入るかも! 
という情報で、雪の中をずっとずっと待っていましたが空振りでした。
なので、私の様な自宅避難者は、 "配給" が命綱です。

"配給" がある時には、放送がかかります。
でも、我が家は遠くて、その放送が聞こえず、ずっと待ってしまいます。

昨日は、昼は水だけ、午後は菓子パン・飲むゼリー(売れ残りのまずいものでした)を家族分、
韓国製のカップ麺を1個貰いました。
取りに行くのが遅くなってもらえない人もいます。
雪の中、2時間待ってこれだけですが、十分ありがたくいただいていますよ☆
ありがとう、皆さん!」

「昨日、避難所に行きました。
電気は来ましたが、そのほかはまだでした。
物資ですが、食糧は少しづつ足りてきましたが、
生活雑貨、歯ブラシ、石鹸、生理用品が足りないようです。」

「23日、終了式・卒業式がありました。
他の地域に避難している子供たちも何人かいるのですが、
1~5年生は廊下で終了式をしました。
子供たちは元気でした。
6年生は図書室で卒業式をしました。

家を失い、転校する子供も多くいます。
息子と仲の良い、家族ぐるみの付き合いのある家族も盛岡に行きます。
寂しい、悲しい、というより、仕方がないもの・・・と諦めの気持ちです。
実は我が家も今年の秋、中高一貫校の受験の為引っ越す予定でしたが、
山田町に残り、頑張って行こうと思います。」

「suamaちゃんに、山田の町の様子を知らせようとデジカメで写真を撮りました。
"オランダ島" という、東北唯一の無人島で、
白浜の海はエメラルドグリーンの島です。

その島の写真を息子が拡大して見て、
「島にも瓦礫が一杯だよ!」というので見ると、
何体もの遺体でした。」

「配給は午前と午後にあります。
時間はまちまちです。
午前は 水 で、午後は リッチです!
ただ午後の配給の時間は決まっておらず、
いつの間にか配っていたり、
これから配ります と放送を聞いてから行くと、物資がなかったりします。
我が家は放送が聞こえないので、だいたい15時頃行きますが
既に行列、100人以上並んでいることもありました。
雪の中は辛いです。
配る場所は公民館です。

内容はだいたいが
☆ 菓子パン または おにぎり
☆ 水
☆ カップ麺
☆ 飲むゼリー(去年のEXILEのライブツアーの売れ残りみたいでした)です。

パンは家族の人数を言えばその分もらえます。
でも、カップ麺は配給に行った人しかもらえません。
なので、家に留守番2人残して、家族総出でカップ麺をゲットするのです。
が、悲しいことにいつももらえるわけではありません。」

「今、欲しい食糧は、
肉、魚、牛乳、野菜  だな~。
ラーメンも食べたいな~。
おすし屋さんの看板を見たら、唾が出ちゃったの。
イヤシンボになったな~。」

「もし、古着があったら、パンツ一枚も持たず避難してきた兄ちゃん家族にあげたいです。
でも、無理に探さないでね!
着のみ着のままでも 明るい我が家 です。」

「地震・津波・火事が起こり、
神様が人間を怒っている と思いました。
今まで、贅沢して、美味しくないもの、飽きたものを簡単に捨てて・・・。
人間が、何年もかけて造りあげた町も家も橋も、
大切な人たちも一瞬で奪って、
奪われるのを、何も抵抗できず見ているしかなくて・・・
人間が如何におごっていたのかわかりました。 

これからは、人も物も大切にして行こう、そう思いました。
そうすれば、地震も津波も起こらないわけではありませんが
神様はいる 神様が守ってくださった
ということも沢山経験しました。
人も物も、感謝の気持ちを持ってやって行きたいです。」

そして、最後にこんなメールももらいました。

「避難所に昨日行ってびっくりです。
空気がよどんでいて、よく病気にならないなって。
避難所も学校の体育館なので、始業式の目処はたっていません。
少なくとも4月20日以降だそうです。
早く子供達を学校に通わせてあげたいです。

物資はそんなに援助されているとは知りませんでした。
菓子パンがいつも賞味期限ギリギリ(その日だったり)なので、
輸送や仕分けに時間かかっているのかな、と思っています。
オニギリの時は、固くて食べられず、雑炊にしました。

今日は夕食は大分固くなったアンパンです。
配給でもらったものの、賞味期限が翌日で、家族に食べさせる訳にはいかないので、私が処理してます。
そのせいではないと思いますが、夕べはおかながゴロゴロで、息子にも笑われました。」

TVで放送しているより、まだまだ厳しい被災地の状況です。
山田町はそれでも、恵まれている方に感じましたが、どうでしょうか・・・。
今日も東北地方は雪の予報・・・。
身体をこわさないで・・・そのことを毎日祈っています。
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by suama | 2011-03-25 16:02 | 世の中のこと

こころに元気を  「Sound of Music」 より

被災地の方々、
そして被災地でない土地でこころを痛めている方々、
日本の皆さまの、こころに元気を・・・。

我が家の子供たちも大好きな 「Sound of Music」(1965米) より。
(youtubeさんより、画像を拝借いたしました。)

♪ How Do You Solve a Problem Like Maria
♪ Edelweiss
♪ Do Re Mi
♪ My Favorite Things  
♪ The Lonely Goatherd
♪ Something Good
♪ Sound of Music etc

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by suama | 2011-03-22 17:06 | クラシックムービー

岩手県山田町のいま 2

こんにちは、まったく情けないことに昨日から風邪で体調を崩し、
4歳の息子も40度の熱を出し、今日もぐったり気味です・・・。

さて、昨日夜、勤務前の岩手県山田町の友人と連絡を取りました。
金曜日に水道、電気が通ったそうです。
でも、電話はまだ不通のままです。
あまりに早い復旧に驚き、 
「電気の明るさってこんなだったのね!」
とロウソクの生活からの変化に戸惑いながらも感謝していました。

そして、昨夜はまた地震があり、
「あの日の恐怖が蘇ってきました。
フラッシュバックと言うんでしょうね。」
と不安な日々はまだ続いております。

「患者さんの介助をしながら、”地球ラジオ” を聞いていたら
世界中の人が驚き、復興支援をしていることを知りました。
人類の歴史に残る事件の真っ只中にいることを知りました。

試練を頑張って乗り切って、
子孫に恥ずかしくない結果を出したいです。」

そう健気に語っていました。

避難所を回っても、友人を探すことが難しいということで、
こちらからの情報提供を強化する事にしました。
また、町の各所に置かれた避難所にいる方々の名簿から、
彼女の友人4組、10名を探すことを始めました。

岩手県より発表されている生存者名簿から、
3月13日、16日、17日をチェックします。
TVで漠然と、数字で何百、何千、という人数を聞いても見当がつかないですが、
避難者の名簿のおひとり、おひとりをチェックしていると、
もうその膨大な人数と、お会いしたことのない人々の顔が浮かんでくるようで、
必死に、そして願いながら10名を探していました。

願いはなかなか叶わず、でも1名の名で複数の人が見つかりました。
情報量はわずかです。
そんな姿を見ていた主人は、ネットの別サイト
"google person finder" より10名を探してくれました。
そして、18日最新の情報が NHK で2時間ほど放送していた録画も照らし合わせながら、
"google" から新たに、1名有力な情報を得ることが出来ました。
こちらのサイトでは、情報提供者の連絡先が掲載されていたので
早速彼女に結果を連絡したところ、
「友人の勤め先の人だと思う!」 と手ごたえがありそうな返事。
翌日連絡を取ってみる・・・と言っていました。

その時
「良かった、連絡できる人が見つかって!!」 と私が言うと彼女は
「今、山田町では "良かった" という意味は
"遺体が見つかって良かった" ということです。
生きていて良かった! という言葉は久しぶり。ありがとう。」
と胸が締め付けられる返事が返ってきました。

被災地各所での皆さんの頑張りと、試練に耐える姿が報道される中、
心ない方の、"盗難" がニュースで取り上げられています。
私が彼女からの連絡ですぐに "盗難" に関する情報は得てブログにも書きましたが、
今やっと・・・あかるみに出てきつつあります。

仙台では "スリ" が多発、
サイフをすられた青年は
「今僕らからサイフをすって、何になるのか?」 と困惑。

被災地の倒壊した家々に盗みに入り、金庫を持ち帰る人。
家は災害から守れた人も、配給で家を長時間空けている間を見計らって
空き巣に入る人。
もうやり切れません。
現地での犯罪強化を切に願います。

最後に、連絡のつかなかった彼女の恩師で
空手の先生が見つかりました。
洋服も靴もしっかり身につけ、綺麗な姿で見つかったそうです。
先生らしい最期でした・・・と言う言葉に何も言えませんでした。
先生が、雪の積もる寒い地面から家族のもとに帰れたことが何よりの救いです。
でも、まだまだ生存者の可能性があります。
一日も早く、家族が一緒になれますことをお祈りいたします。
そして、避難所にいる方々の頑張りと明るさに頭が下がる思いでいっぱいです。

☆イタリア発、http://cocomerita.exblog.jp/ こちらも合わせてご覧ください!
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by suama | 2011-03-21 17:14 | 世の中のこと

スカーレットのように  岩手県山田町のいま

三陸海岸の中央に位置する 岩手県山田町。
今夜彼女とメールをして、その内容に愕然としました。
TVではだんだんと被災地情報が縮小して行き、
募金をするも、われわれに出来ることはないのか・・・という思いだけがただただ募るばかり。

被災地はどこも私たちの想像を絶することばかりです。
先ほど彼女と話したメールの一部を彼女の了解の下、紹介いたします。

「今夜は、ガソリン節約の為、宮古市の職場の病院に泊まっています。
山田町は、ライフラインが全滅で、洗濯も出来ません。
家の近くに山から流れる小川があり、そこで洗濯をしたのですが泥水のため白いシャツが茶色になりました。
息子にはアレルギーがあり、ストレスで鼻血を出すので、清潔にしたいのですが・・・。

今日、1週間ぶりに職場近くの銭湯に入りました。
銭湯は避難所の近くなので、沢山の人が来ていました。
そして、どことなく "重油" 臭かったです。
津波は 海水 だけでなく 重油 も混ざっている為、
津波に浸かった人や物は 重油 臭くていくら洗っても臭いは取れません。」

「山田町は昨日、初めて配給を貰いました。
コッペパン1個 と 水1本 でした。
久しぶりにパンを見て、涙が出ました。
食料は何とか足りています。
津波でスーパーが破壊されたので、使い物にならない物をもらいました。
町はガスボンベなので 火 は使えますが、
水 と 寒さ が大変です。

水 は家の山を下りて、トンネルをくぐり、その先の湧き水を汲んでいます。
リュックにペットボトルを2つ、バケツも持っていきます。
だいたい20~30リットル、つまり20~30kgの水を運びます。
それを 朝・昼・夕 にやります。」

めまい、ふらつき、手の震え、手足の冷え の体調不良があります。
周りの人も含め、皆風邪を引いています。
我が家では、ありがたいことに 3食 食べているのですが、
それでも、その調子です。
何らかの栄養が足らないのでしょうね。
宮古のドラッグストアーに30分並んで、サプリメントをゲットしたのですが、
治りません。
塩分を摂る様にしました。
震災3日後に、脱力、ふらつきがひどく、結局塩分不足のようでした。
以前は、"減塩" に気をつけていたのにね!」

「避難所では、やっと食糧が届き、1日2食 になりました。
それまでは、全く食事が出ない日もありました。
ガソリンは、まったくありません。
今日、病院勤務ということで少し貰ったのですが、
1,000円分、約6リットルです。
それでは、家は往復出来ません。
ガソリンがなく、仕事を休んでいる職員もいます。
私は中堅なので、病院を守らなければいけないので、何とか頑張っています。」

「山田町は、津波 と 火事 で醜い状態でしたが、
自衛隊や建設会社が頑張って、瓦礫を除いて、道が出来ました。

でも、子供を外に出すのには注意しています。
亡くなった方がまだいっぱいです。
職場の人が歩いていて、柔らかい物を踏んだ・・・と思ったらお婆さんの顔だったそうです。

息子の同級生も津波で流されました。
地震の時は、学校に保護者が迎えにいったのですが、
その帰り道や、家に戻った人が津波で流されました。
流されて皆で手を引っ張ったのですが、助けられなかった人が沢山です。

学校で、終業式・卒業式 が出来なかったので、来週先生方が
各避難所をまわって式をします。
学校が始まって、皆が集まり、
いない子供がいることを子供達が知った時、
親たちはどうすればよいのでしょうか?
親を失った子供たちをどうすればよいのでしょうか?」

「他県や国の人々が応援してくださることがとても嬉しいです。
私は、家も家族もいて、私が他の人を助けなければいけないのに、
助けられてばかりで、人ってこんなに温かいんだ・・・と涙が出ます。
恩師の空手の先生が行方不明で一生懸命探しています。
けれど、津波に流された可能性が強く、知人に会ったら泣いてしまいました。
ずっと、ずっと泣いて、知人はずっと、ずっと背中をさすってくれました。
家では泣けないだろうから、今泣いてしまいなさいって・・・。
知人も家を失って、辛いのに・・・。
泣いて少し気持ちが軽くなっても、ひとりになると涙が出ます。」

「私たちは、新聞も、テレビもなくて、ラジオは行方不明者の安否情報がほとんどで、
世の中の状況が全くわかりません。
お涙ちょうだい ではなく、真実を知ってほしい
今まで傲慢に生きてきた私たちを振り返って、
人を気遣い、絆を深めて欲しい・・・そう願っています。

私たちは、朝まで皆で協力して、山田町の火事を消しました。
皆が力を合わせれば、困難とも闘える、そう伝えてください。
写真があれば、良いのですが、私は撮れないの。
この景色の中に、自分たちの仲間が眠っていると思うと・・・。」

彼女は最後にユーモア交じりで、こう結びました。

「家族、仲間の大切さ、遠くにいる友人の存在が有難いです。
いつか恩返しが出来ればいいな!

一家を支えるのは大変だけと、スカーレット・オハラ になった気で頑張るよ!
まあ、兄ちゃんは アシュレー みたいにカッコ良くないけれど、
"役立たず度" は似ている!」


そう言って、翌日の勤務に備え、彼女はおやすみを言いました。
お兄ちゃん、津波で家がないのに、彼女の住む実家ではいつも カラカラ! と笑っているそうです。
その笑いに私は救われる思いでいっぱいです。
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by suama | 2011-03-19 01:58 | 世の中のこと