岩手県山田町のいま 14

風が強く吹き、桜の花びらもちらちらと舞い落ちている暖かい日が続いています。
岩手県山田町の友人は、今、盛岡に一泊しに行っています。

木曜日、夜勤明けの彼女からメールが入りました。
良かった、先日の余震から途絶えていた 山田町 からのメール。
やっと、携帯の電波が復活! したみたいです。
今回も、彼女の声をお伝えいたします。

「いろいろな情報ありがとう!
兄ちゃん一家はずっと一緒に住むようで、
二階の息子と、私の部屋を占領されました(涙)。
それならば、家事をするとかあるのですが、まったくの パラサイト。
私もババ(母) もお疲れモードです。

余震のたびに、また生き延びた、いつまで生きられるのだろう・・・と、真剣に感じます。
明日は生きていないかもしれない・・・ だから、好きなことを我慢しないでやろう!
と、家族で話しています。」

「ババは、毎日5時に起きて、お弁当を作り、家族の食事を3食作ります。
私が 分担制にしよう! と言っても、いいから・・・ と。
私も家にいる時は、家事をし、仕事の時は割り当てを決めて、出勤します。
だけど、それから進歩なし・・・。

ババは、疲れてしまっているの。
でも、今日はリフレッシュしているのかな?
今、家に帰ってきたら誰もいない。
息子はジジ(父) と一緒に出かけたので、今日はババのお休みの日のようです!」

「そうなのよ!
山田町の町長さん、良い人なの!
以前、私が人間ドックの担当だったとき、町長さんがドックを受診したの。
すごく謙虚で、立派な人。感激して、お手紙を出したもの!!
町民は皆、町長さんを応援しているの。
頑張れ!モンチッチ(町長さんのニックネーム) って!!

偉い人は、いっぱいいます。
瓦礫の作業をしている人。
毎日、交通整理をして下さる、北海道警察の人・・・
外の作業は大変です。
”粉塵” が凄いの。
目や鼻に入るだけではなく、衣類の繊維の隙間に入り込み、
皮膚に入って、とても痒くなります(涙)。

自衛隊の人達も大変です。
配給のおにぎりも作っているそうです。そのおにぎり、美味しいのよ!
形は皆バラバラで、いびつだけれど、最近、三角の形になったり、海苔を巻いていたり、
”小技” が伺えます~!!

皆、凄い人ばかりで、私は何もしていない・・・とめげることもあります。
だけど、誰かの言葉で、自分の隣の人を幸せにしてあけると、
世界の人も自分も幸せになれる・・・
そう信じて、今出来ることを頑張ります!!」

a0002405_1454988.jpg「木曜日は、お昼寝の後、配給に行ってきました。
a0002405_150042.jpg中国の缶詰(写真左) 、日本のカップ麺とご飯のパック、台湾のカンパン(写真右) と、アジアンメニューでした。
中国の缶詰はナンダロウ?と思っていたら、日本のお汁粉のオモチを豆?や雑穀?にしたような感じです。甘さ控え目で、私は好きな味ですが、息子は未知の味にビビッていました。

今日はお出掛けなので、3:30に起きて家事をしています。
普段は震災スタイル (ジャージ、スニーカー、リュック) なので、
お出掛けの服を準備しようとしたら、大変!! 世の中は春なのです! 冬服しかない!
春の服は兄ちゃん達の部屋だ!
というこで、ジャージでお出掛けしま~す。」

「盛岡に着きました。
息子の笑い声を久しぶりに聞いた・・・と安心しましたが、
親子ともだんだん元気がなくなりました。
震災の事が離れないのね。

私自身も、自分が受けた心の傷の深さを感じました。

震災前の日曜日、盛岡に来て、
私は空手の講習会、
息子は ”ラウンドワン” で遊んで、温泉に入って、とても楽しかったの。
その数日後、空手の先生が死んでしまうなんて、夢にも思わず・・・
ずっと、ずっと、このままの生活が続くと思っていたのに・・・

瓦礫のない道、壊れていない建物を見て、自分たちの失った物を改めて感じました。

思わず、
「あっ、配給の時間!」 と思ったり、
「日が暮れる前に家に帰らないと」 と焦ったり。
すっかり、震災生活が身について、平和な場所が、何故か居心地が悪い・・・。

息子が盛岡に来て飛びついたのは、震災の詳しい情報でした。
今、震災の記事を真剣に読んでいます。」

私たちには想像できないほどの悲しく大きな傷を負っていることが切ないです。
言葉が見つからないこともあります。
震災以来、いつもそわそわして、どこへ行っても、今頃何をしているのだろう・・・
と、山田町の友人を忘れるときはありません。

一日でも早く、被災地の方の心が癒える日を願わずにはいられません。
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by suama | 2011-04-16 02:08 | 世の中のこと