スカーレットのように  岩手県山田町のいま

三陸海岸の中央に位置する 岩手県山田町。
今夜彼女とメールをして、その内容に愕然としました。
TVではだんだんと被災地情報が縮小して行き、
募金をするも、われわれに出来ることはないのか・・・という思いだけがただただ募るばかり。

被災地はどこも私たちの想像を絶することばかりです。
先ほど彼女と話したメールの一部を彼女の了解の下、紹介いたします。

「今夜は、ガソリン節約の為、宮古市の職場の病院に泊まっています。
山田町は、ライフラインが全滅で、洗濯も出来ません。
家の近くに山から流れる小川があり、そこで洗濯をしたのですが泥水のため白いシャツが茶色になりました。
息子にはアレルギーがあり、ストレスで鼻血を出すので、清潔にしたいのですが・・・。

今日、1週間ぶりに職場近くの銭湯に入りました。
銭湯は避難所の近くなので、沢山の人が来ていました。
そして、どことなく "重油" 臭かったです。
津波は 海水 だけでなく 重油 も混ざっている為、
津波に浸かった人や物は 重油 臭くていくら洗っても臭いは取れません。」

「山田町は昨日、初めて配給を貰いました。
コッペパン1個 と 水1本 でした。
久しぶりにパンを見て、涙が出ました。
食料は何とか足りています。
津波でスーパーが破壊されたので、使い物にならない物をもらいました。
町はガスボンベなので 火 は使えますが、
水 と 寒さ が大変です。

水 は家の山を下りて、トンネルをくぐり、その先の湧き水を汲んでいます。
リュックにペットボトルを2つ、バケツも持っていきます。
だいたい20~30リットル、つまり20~30kgの水を運びます。
それを 朝・昼・夕 にやります。」

めまい、ふらつき、手の震え、手足の冷え の体調不良があります。
周りの人も含め、皆風邪を引いています。
我が家では、ありがたいことに 3食 食べているのですが、
それでも、その調子です。
何らかの栄養が足らないのでしょうね。
宮古のドラッグストアーに30分並んで、サプリメントをゲットしたのですが、
治りません。
塩分を摂る様にしました。
震災3日後に、脱力、ふらつきがひどく、結局塩分不足のようでした。
以前は、"減塩" に気をつけていたのにね!」

「避難所では、やっと食糧が届き、1日2食 になりました。
それまでは、全く食事が出ない日もありました。
ガソリンは、まったくありません。
今日、病院勤務ということで少し貰ったのですが、
1,000円分、約6リットルです。
それでは、家は往復出来ません。
ガソリンがなく、仕事を休んでいる職員もいます。
私は中堅なので、病院を守らなければいけないので、何とか頑張っています。」

「山田町は、津波 と 火事 で醜い状態でしたが、
自衛隊や建設会社が頑張って、瓦礫を除いて、道が出来ました。

でも、子供を外に出すのには注意しています。
亡くなった方がまだいっぱいです。
職場の人が歩いていて、柔らかい物を踏んだ・・・と思ったらお婆さんの顔だったそうです。

息子の同級生も津波で流されました。
地震の時は、学校に保護者が迎えにいったのですが、
その帰り道や、家に戻った人が津波で流されました。
流されて皆で手を引っ張ったのですが、助けられなかった人が沢山です。

学校で、終業式・卒業式 が出来なかったので、来週先生方が
各避難所をまわって式をします。
学校が始まって、皆が集まり、
いない子供がいることを子供達が知った時、
親たちはどうすればよいのでしょうか?
親を失った子供たちをどうすればよいのでしょうか?」

「他県や国の人々が応援してくださることがとても嬉しいです。
私は、家も家族もいて、私が他の人を助けなければいけないのに、
助けられてばかりで、人ってこんなに温かいんだ・・・と涙が出ます。
恩師の空手の先生が行方不明で一生懸命探しています。
けれど、津波に流された可能性が強く、知人に会ったら泣いてしまいました。
ずっと、ずっと泣いて、知人はずっと、ずっと背中をさすってくれました。
家では泣けないだろうから、今泣いてしまいなさいって・・・。
知人も家を失って、辛いのに・・・。
泣いて少し気持ちが軽くなっても、ひとりになると涙が出ます。」

「私たちは、新聞も、テレビもなくて、ラジオは行方不明者の安否情報がほとんどで、
世の中の状況が全くわかりません。
お涙ちょうだい ではなく、真実を知ってほしい
今まで傲慢に生きてきた私たちを振り返って、
人を気遣い、絆を深めて欲しい・・・そう願っています。

私たちは、朝まで皆で協力して、山田町の火事を消しました。
皆が力を合わせれば、困難とも闘える、そう伝えてください。
写真があれば、良いのですが、私は撮れないの。
この景色の中に、自分たちの仲間が眠っていると思うと・・・。」

彼女は最後にユーモア交じりで、こう結びました。

「家族、仲間の大切さ、遠くにいる友人の存在が有難いです。
いつか恩返しが出来ればいいな!

一家を支えるのは大変だけと、スカーレット・オハラ になった気で頑張るよ!
まあ、兄ちゃんは アシュレー みたいにカッコ良くないけれど、
"役立たず度" は似ている!」


そう言って、翌日の勤務に備え、彼女はおやすみを言いました。
お兄ちゃん、津波で家がないのに、彼女の住む実家ではいつも カラカラ! と笑っているそうです。
その笑いに私は救われる思いでいっぱいです。
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by suama | 2011-03-19 01:58 | 世の中のこと