ちは~  御用聞き

鎌倉で暮らしていた頃の思い出の中で、特に忘れられないのは、"御用聞き" の存在。

池部良、久慈あさみ(1922~96) 主演の 「恋人」(1951 新東宝) の冒頭で、伊藤雄之助(1919~80) が洗濯屋(今のクリーニング屋) として勝手口に登場するシーンや、
アニメ「サザエさん」の "三河屋の さぶちゃん こと三郎さん" などを観ていると、
思い出の "御用聞き" の姿が蘇ります。
(初代配達青年だった "三平さん" は1985(昭和60)年3月31日の放送で、結婚のため実家のある故郷山形へ帰って行きましたね。)

我が家では、お米屋と "三河屋" ではなく "きのくにや"さん を利用していました。
もうひとつ、"御用聞き" ではないけれど、雪のマークの牛乳屋さんも毎日1ℓのパックを2本配達してくれました。

私の住む敷地には、母方の両親と兄弟家族2軒、そして我が家の全4軒、多い時で15人が一緒に暮らしていましたから、"御用聞き" 利用度は頻繁!
我が家では、お米や、お正月用ののし餅、醤油などの調味料を主に注文していましたが、来客も多く、総勢7~8人いる私たち孫が毎日出入りしている祖父母の家では、その為のジュースやビールなどの準備も "御用聞き" を頼りにしていました。

a0002405_1048327.jpg"お米屋さんと言ったら!" ケースで注文する "三ツ矢サイダー" と 武田の"プラッシーPLUSSY" (ビタミンC がプラスされているのでこの名前になった事を今回初めて知りました) 。
重いビン入りのジュースで、シュポッと栓を抜いて、冷えたところをゴクゴク とみんな祖父母宅の冷蔵庫から出しては飲んでいました。
私は炭酸が苦手だったので、もっぱら "プラッシー" 党!! 
わずかに果肉が入っていて…今では100%ジュースしか飲まない私も、当時のオレンジ味の "プラッシー" だけは、子供時代の夏の思い出として、いつまでも懐かしく心に残っています。

サザエさんのお宅には勝手口がありますが、我が家はダイレクトに正面玄関をガラリッ…
しかも、今のような頑丈な扉ではなく、まさにガラガラ、「こんちは~」 のガラスの引き戸の時代でした。突然、玄関が開くのですから、ビックリすることもたびたび。
当時はこれが普通の光景だったのでしょう。今では有り得ないかもしれません。

いつも利用していたお米屋さんも、時代と共に需要が減り、10数年前から米屋+クリーニング窓口をするようになっていました。変わり行く街のそんな姿を見たとき、ちょっと淋しさを覚えたものでした。

今も、"御用聞き" をしている街はあるのかしら?
"プラッシー" の味と共に、"御用聞き" が街と人々を繋いでいた懐かしい風景をいつまでも忘れません。
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by suama | 2011-01-19 11:02 | ノスタルジック